うつりゆく・・・「トキ」

やっぱり何かが動き始めている・・・

年女になった、しかも還暦の。「そういう年だから・・・」、とちょっぴり意気込んだけれどおバァ達は「大きく変化させるな」と言う。

だから、今年の年賀状にも「静かにしているつもり」と書いたが、自体は勝手に動いている。

Img_1740 まず、ここ15年程頼まれていた社員研修の講師の仕事を辞めた。去年仕事をした時に、来年はもう辞めようと思っていたのに、オファーの予約が来るとつい了解している気弱なわたしがいた。

しかし、ついこの間、相手から企業の予算削減でという理由で、メンバー編成からこぼれた。

そんなわけで長年つづけてきた恒例の仕事が無くなったということなのを機会に、いっそのことすっかり辞めることにした。

やっぱり初めから辞めとけばよかったんだァ・・・と妙な納得。

自分の直感にもう少し敬意を払っていってよいのかも。

長く続いてきた関係がこれでやっと切れた。「卒業」!!

ところで、今朝夢を見た。

「471」という数字が浮んだ。さあ、これをどう読むか・・・。

「シナイ」?「しない」=やらない?

それととも・・・「シナイ半島」?シナイ半島とわたしがどう関係するというのだ。

夢は脈絡無くやってくる。今読んでる本のイメージから来るものか?

夢の中でわたしはひとり海に浸かっていた。遠くには若者達が海の中で戯れている。あっちにいこうか・・・。しかし夢の語りは違う。

しない、しない。あっちには行かない。

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中城へ・・・

2月下旬に琉球朝日放送で「ごほうら貝」関連の生番組をするそうな。

P6220038 「ごほうら貝」といえば・・・そう、「赤椀の世直し」

名護先生の「邪馬台国総合説」とあいなるのであるが、その名護先生が出演する番組の事前収録で、浦添グスク~中城~玉城~ミントングスクと移動しつつ撮影クルーが先生について動いている。

その一行とご一緒に今回は廻ろうということで、中城を目指す。

↑ゴホウラ貝とスイジ貝を手にして説明する名護博先生

ここまでくると、もう空は晴れ渡り、朝の曇天などどこかへふっとんだ。

ひさしぶりの中城はいつもの通りに美しい姿でわたし達を迎えてくれた。

なだらかな稜線を画くグスクの石組み。かつてのひとびとがどんな風にこの石積みをしたのか創造すると、かぎりない人間の可能性を感じることができる。

中城のある場所は、南シナ海と太平洋が合流するポイント。

200820081228_025 せいせいと広がる大海原に太陽の光が照りつけ、まるでそこにスポットライトが当たっているように見える。潮の流れがそのままに、光の中に軌跡を見せてくれている。

なんとも美しいではないか~!

その中城の中にはいくつものウタキがある。このことから、戦いの為のグスクではなく、王たちの儀礼の場であったことも予想されるそうな。

200820081228_027 その中でも、「チゲーウタキ」というウタキがあるのだが、何を持って「チゲー」であるのかを名護先生は説明してくださった。

「チゲー」とは「着替え」であるという。

では、何を着替えたか・・・。それが問題だ・・・。

↑石垣の上から見た「チゲーウタキ」の中。 余りよく見えず判りづらいのですが、輪郭がゴホウラ貝の形になっています。中心部に主要な石がおいてあり、右の方に角のような形で一すじの人為的な石積みが張り出して作られています。

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為朝岩

浦添グスクでのセレモニーが終わると、参加した人々は三々五々家路に・・・。

でも、わたし達は何かものたらず、互いに顔を見合わせて「そこ」へ向った。

今では立ち入ることが出来ないようにロープが張られてしまっているが、参加者の目を盗んでそれを突破。「為朝岩」を見に行くことにする。

お天気であれば、久高島から昇った朝日がこの為朝岩をさらに登る光景が見えるはずだ。

200820081228_024 あいにくの曇天ではあったが、それでも海の向こうにはかすかに久高島が見えている。

だとしたら、「為朝岩」を拝まぬ手はない。

200820081228_020ということで、龍画家のかとう順子とわたしは、その岩を見るために草で覆われた細い道にもぐりこんだというわけなのだ。

この岩がなぜ「為朝岩」といわれるかといえば、それが「烏帽子」のように見えるからだと言う。

「烏帽子→為朝」という発想になるのだろう。たしかに、「にゅにゅっ!」と聳え立つ岩は、烏帽子にみえもする。

そもそも沖縄には、鎌倉時代に島流しになった為朝の船が遭難して、沖縄まで流れ着いたという根強い伝説があるくらいだから、「烏帽子→為朝」というのは極めてシンプルな発想といえる。

その為朝が後の舜天王の誕生に関わってくるというわけなのだから、沖縄と日本(いいかたがへんかな?)の深いつながりがありそうだというのも、こういうことからも見えてくる。

ところで、わたし達のいる場所は浦添グスクのある山の突端。その場所と「為朝岩」の間の空間を占めているのは沢山の木々たちだ。

人びとの住む家もその昔にはこれほどなかっただろう。今ではコンクリートでできた家が所狭しと立ち並んでいる風景になっているが、かつて、この風景にはおそらく緑につつまれた空間に、この岩が地上から天に向けて突き立っていたに違いない。

今ではこの「為朝岩」は、民家や大木となった木や草むらに阻まれて、その全貌を垣間見ることはできないが、きっと大昔には、本当に「烏帽子」に見える姿でこの地に置かれていたんだろうな~。

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冬至の日までちょっと後戻りしますが・・・

去年の冬至の日に沖縄へ赴いたわたしは、当日は4時半起きして浦添グスクへ。

200820081228_009 毎年、浦添市のまちづくりの会が主催する「冬至まつり」に参加するためでした。

冬至の朝はあいにくの曇天。残念ながら朝陽を拝むことには相成りませんでしたが、サンシンや古典舞踊、そして空手が奉納されました。

まだ薄暗いうちから50人近くのひとたちが浦添グスク公園にあつまっています。

200820081228_005グスクの頂上までつづく道には、会の方々の気遣いで暗い中でも歩けるように、発光リングが置かれ、まるでその灯りに誘われるような気分でわたしも辿り着くことができました。

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遅まきながら・・・あけましておめでとうございます!!

11月1日から原因不明の体調の悪さで、かなりの期間をぐずぐずと過ごしていました。

でも、でも、もう大丈夫!やっと復活です!!

200820081228_043 それに、今年はわたし、「年女」ですっ!年末には松尾大社に出かけて、例年の絵馬を激写してきましたゾ!

朝一番でいったのですが、棟梁さん達が気ぜわしそうに新年の準備をされていました。

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「赤椀の世直し」名護博先生 講演会のお知らせ

P6220028 すっかり秋めいてきました。風邪がいまだ過ぎ去らぬ、ぼんやりとしたままのわたくしでございます。

さて、明日11月1日、「天鈴花のなんくるないさぁ~!」に資料をご提供していただいている沖縄在住の研究者、名護博先生の講演会があります。

お時間のある方、是非お越しください!一味違った沖縄を堪能できる筈ですよ。

「nago-kouenkai.doc」をダウンロード ←クリックすると講演会内容や場所が確認できます。

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宮古なるもの・・・4 ★おとおり-2★

とある研修会場で声を掛けた●●●学園からの参加者は、やはり宮古島からでした。彼女は様子もわからない土地で心細くしていたらしく、「声を掛けてもらって嬉しかった・・・」とこっちが嬉しくなるようなコメントをいただき、翌々日にはビールでエールを交わしたわたし達でした。

そのS嬢とすっかりとお友だち状態になったわたしは、研修修了の翌日、宮古島へ旅立ったのでありました。

Sh010181 今回の宮古島には、沖縄本島で仕事をしている末子と合流しての初めての親子旅行。息子が幼かったときには、夏になればキャンプだの、子ども達のグループでの活動と、それこそいっぱしの親気取りで(まあ、親なんだけれど)子育てを楽しんだわたしでもあるのですが、さすがに中学生になってからはさっぱりとしたもんでした。

ですから、こうした機会は本当に10数年ぶりのことで・・・。親としてはちょっとばかり、嬉しかったです。夫も口にこそそのことはしてはいませんでしたが、内心嬉しかったらしく、息子の乗った飛行機は無事に出発していだろうか・・・と、珍しく心配している様子でした。

飛行機から見える宮古島の海岸線は、いつものように蒼く、少しばかり白波が立つおだやかなものでした。

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京都的奇跡!!

若者達でにぎわう●通りにある、文房具店。かつては町の文房具屋さんとしてきっと近所の子ども達が出入りする場所だったに違いない。

シャーペンの芯が無くなってしまったので、いつも行く寺町の某店に行くのが面倒になり、この●通の文房具屋さんで用を足そうと入った。

見回すかぎりでは、シャーペンの芯どころか、あまり文房具と言えるようなものは見えない。

つまり、京好みのペーパーグッズの店としていわゆる文房具屋さんから趣旨変えしているというわけなのだ。

夕方でもあること、雨もようであることから、「もう~!!」と内心嫌気がさしていたというところなので、聞いてしまったほうが早そうだ。

「すみません。シャープペンシルの芯はありませんか?」と言うと、「はいはい」というすばやい反応。

『ええ・・・?一体この空間のどこにあるっていうんだい。

・・・と、片隅の小さな棚にたった二つだけあったシャーペンの芯を握り締めているではないか。

「すみません、Bがいいんですけれど・・・」と申し訳なさそうに声を発すると、なんとBとHBの2つではないか。

これって、奇跡に近いことだ。だって、わたしの好きな『B』はいつだってコンビニには全く無いのだから。きっと皆HBとかHを買うのだろう。

そしてまた・・・「おいくらですか?」と尋ねると210円だという。

今どきのデザインのシャレたのではなくて、かつてのなつかしい感じのものであったが、中身は変わっているわけでもなさそう。

だが・・・しかし・・・、ここで店のおばさまの口から出た言葉は~!!

「200円もろうときましょ」

ひょえ~、京都でも負けてくれる店があるんや~。おもわず「おおきに、ありがとう!!」とダブルで感謝の言葉を発したわたしでした。

こうして、二つの奇跡をいっぺんに味わったわたしは・・・、「残り物には福があるっていうけれど、ホント、ほんまにそうかもしれへん・・・」と思ったことでした。そして、京都で負けてもらったのは5年ぶり、2度目の体験だったのでした。

京都ってしまり屋が多いって聞きますもん。『京都で負けてもらえばイッチョ前』って、以前にいわれたことがありますよ。

さあ・・・これからそのシャーペンの芯を挿げて・・・お勉強をします!

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騒音 so on

昨日の夕方御池の通りに出てみると、そういえばやけに車が止まっているのに気づいていた。右翼系の街宣車がいくつも御池通りから堀川通りに向けて並んでいたのだが、 今朝も朝早よから・・・う・うるさい・・・何を言いたいのか判らない程度の内容での街宣。Yasukuni_01

まったくうるさいったらありゃしない。

「君が代」になぜか「軍歌」をすごい音量で流し、市民に戦後教育を反省し、真の教育を・・・と呼びかけている。それにしても、時代錯誤もはなはだしいことしきり。

どうやら、全教の教育研究集会が京都で開催されているようだ。それへのアジテーションということなんだろう。まったく人迷惑な街宣車。

こうした街宣車に、行き場の無い若者達が取り込まれているということもあると聞く。よほどよく考えていないと、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。それは政府の自衛隊員募集のポスターと同じだ。「平和に貢献する仕事を・・・」といううたい文句で自衛官の募集をしているのに気づかれているだろうか?

同じように、ここのちかくにある公的機関では季節の祭にあわせて装甲車を展示して興味を引かせている。そうして展示している装甲車の脇に子どもを立たせて記念撮影している親の姿を見て、わたしなど疑問符が100個くらいついてしまうのだが、今の親は(と、ひと括りにしてはいけないのだろうが)あっけらかんとシャッターを押している。

今朝の街宣車の言っていること、あるいは政府のさまざまなやり方は、教育をゆがめた形で語ろうとしているようにしか思えない。

あと数十年の残りの人生を生きるわたしは、何だかよい気持ちではいられない。子ども達の未来はいったいどういうことになるのだろうか・・・と。

もし、本当に教育のことを語ろうとしているのだとしたら、もう少し見識をもって取り組んで欲しい・・・。

もっとも、こうした教研集会だけでなくて、要するに何でもいいんだろうな、彼らにとって取っ掛かりは、きっと何でもいいんだ。

その何でもよい動機によって行われていることが、市民には迷惑なんだってこと、気づいていながらそうしているなんて、やっぱりよくないよなぁ~。

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すっかりさぼってます

なんとなく忙しいのと暑いのをいいわけにして、さまざまなことをサボっているのです。

このブログを読んでくださっている方々、ごめんなさい。

宮古島のこともUPする気力もなく、ほとんどグータラの日々。これではいけない・・・!と奮起しようにも「あ゛づい゛・・・」の一言に尽きるのです。

クーラーは嫌いなので極力つけないのだけれど、さすがにそれでは夜眠れない。で、夜だけつけているのだけれど、そうすると喉が痛くなり、体の調子が悪くなりどうやら夏バテ??

気力体力ともに減退。かといって、食欲もそうそうあるわけでもなく、ほそぼそと暮らしております。

Sh010245 ということで(どういうわけだかわからないけれど・・・)、せめて・・・、宮古島の風景を・・・。(と、何度も同じような言い訳しています)

←西平安名崎にて・・・

昨日は松栄堂のお香を燻らせて、まったりと気をとりなおそうとしましたが、いかんせんこの温暖化の影響か、マンション自体が暖められていることや隣のマンションの照り返しで、部屋の中もまだ31度あり、体が休まりません。

皆さまもどうぞご自愛のほど・・・。

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帰ってきたのはいいけれど・・・

はぁ~、宮古島から帰ってきたのはいいけれど・・・。。

それはいいのだけれど、身体は帰って来ているのですが、こころがいっこうに京都に帰ってきていない感じなのです。

ということで、この数日をぼんやりと過ごしている天鈴花です。しかもその状態で仕事をしなくてはならないという酷な状態に、困惑しています。

Sh010278 もう少し時間がかかりそうです~。

とはいえ、宮古島の風景だけはとにかくお伝えしておきますね~!

宮古島の島内によく見かけるいつも困っているような顔をしているお巡りさんです。

今のわたしはこのお巡りさんの状態かも・・・。

はぁ~、あのエメラルドグリーンの海が恋しい・・・。

そして・・・

Sh010279 宮古島のお土産ですぅ~!「うずまきぱん」

せめて画像で味わってくださいねぇ~。

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宮古島から帰りました!!(^o^)丿

Sh010209ただいま~!!帰京しました。

一年ぶりの宮古島でしたが、一年行かなかっただけで宮古島は様変わり・・・!びっくりしたこと連発。

たった今帰宅したばかりなので、また追って宮古島報告をUPしますねぇ~。

Sh010282 でもひとつだけ・・・、那覇空港で平田オリザさんを見かけましたよ~。

彼の主宰する「青年団」という演劇グループを皆さんご存知ですか?平田さんはとても不思議な舞台演出をする方ですよ~。

肖像権のことが気になるけれど、有名人なので・・・平田さん、ごめんなさい!

平田オリザさんとは、教育運動「BASIC」の合宿でお世話になったことがあるんですよ~。山梨県勝沼にあるお寺での合宿でしたが、その時も不思議なトレーニングをしました。

今では懐かしい思い出になってます。

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祇園祭 現地ルポ(山鉾巡幸)

祇園祭の最大イSh010098_3ベント、山鉾巡幸の日です。現地ルポと銘打ったこのブログですが・・・すみSh010097ません、仕事で巡幸は見ることができませんでした。

朝の通勤直前の御池通りの様子をお届けしますね。

朝8時10分位の御池どおりには、すでに陣地を確保した方々の姿あり。

はたまた・・・、有料席の近くにも・・・。

朝早くから、ご苦労様ですぅ~。

Sh010099ふと、地下鉄に乗る前に空を見上げると・・・おんやぁ~、お験が・・・。

気をよくしてお仕事へ・・・。

それから今夜は「哲学カフェ」が開催されるので、夕飯を外食で済ませてそのまま、北山へ。

今夜のテーマは「いのりとは何か」。会場は京都ギリシャ・ローマ美術館。

個人の持つ美術館です。京都へお越しの際には一度は訪れるとよろしいのではないでしょうか?

ということで、帰宅はついさっき。

そして・・・、地下鉄から降りて地上に上がり、はたまたふと空を見上げれは、ほぼ満月のお月様。そして、そのお月様の近くには火星か木星が・・・。Sh010100

よく考えたら、明日は月齢がジャスト15.0の満月。

お月様の周りには虹のような光がありましたよ~。

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祇園祭 現地ルポ (宵々山)

今夜は祇園さんの宵々山・・・だというのに、梅雨明けの(?)夕立で外は雨。

Sh010089 ところが、そのワリには人出はたいしたもんだ。浴衣姿の人が沢山でている。こういうときには雨は余り関係ないらしい。

仕事帰りに四条で地下鉄を降りて、歩いて帰る道すがら、いくつかの山や鉾を見て歩いてみた。

←長刀鉾も雨に煙っている・・・。

さすがに灯りがともるとこの世とは思えないほどの幻想的な風景と化す。もちろん、沢山のSh010091 人は出ているに違いないのだが、あまりそうした人波は気になることも無く、山や鉾に憑くだろう神さんのことに思いを馳せる。

そんなこんなで、今日もまたビールを飲んでしまったのだ~。明日も仕事だというのに・・・いかんいかん・・・。

←遠くに見えるは・・・「鈴鹿山」なり・・・。

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祇園祭 現地ルポ

お使いのついでに、鉾町の様子を見に行ってみた。

Sh010053 函谷鉾はすでに立てられていたが、月鉾と菊水鉾はこれからといったところ。

まわりには鉾につかわれる材木というか、太っとい木が横に置かれている。

これを横に渡せば、骨組み全体は完了なのだろう。そして、美しい懸装品が付けられるという段取りの筈。

因みにこの菊水鉾の「ちまき」は1万何千本を作るのだそうだ。昨日はこの「ちまき巻き」がSh010060 あり、鉾町内や関係者でちまきが巻かれたそうだ。

大きなお店のある鉾町は、こうしたことで町衆の責務と言うか、気概を感じているらしい。このような由緒あるお祭に住人として参加できることって、きっと誇りに違いない。

街中にしては珍しく、鉾町内にあるマンションの住民も例のちまき巻きを手伝っていたという。たいしたものです~。

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祇園祭 現地ルポ

10日といえば・・・、そうです!鉾立ての日です。

えっ??それって何??ですって?

祇園さんが始まっているのですから、当然鉾を組み始める日なんです。これから山も組み始められる筈ですよ~。

で、さっそく行ってみました。

Pa0_0003 まずは・・菊水鉾。菊水鉾は見るからに美しい鉾ですが、うう・・・、交通事情からすでに10条でくみ上げられてトラックで運ばれた菊水鉾。明日からいよいよ本格的な飾りつけに入るのですが・・・、夕方にはブルーシートで覆われてしまいました。

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奉納稽古

「夏越の祓え」の今日、初の奉納を体験した。

ところは、大阪府高石市羽衣にある、「大鳥羽衣濱神社」という神社。

両道入姫神(フタジイリヒメカミ)という聞きなれない姫神さまがご祭神という。昔は浜であっただろうという感じは境内脇の駐車場にある大降りの松が潮風に吹かれて傾斜しながらも耐えて生えていることからもイメージできる。

古式ゆかしそうな神社ではあるが、その故事来歴は全く伝えられていないという。古文書等も一切残されていないようであるが、ご神木を見ると大変立派で、かなりの歴史を持つらしいことくらいは容易に見て取れ、神々しくもある。

こうした神社で、わたし達4人は初の奉納稽古をさせていただいた。

メンバーは・・・舞:ミナルさん 謡い:さっちゃん&わたし 太鼓:りえさん

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夏越の祓え

明日は「夏越の祓え」。

Sh010011 一年の半分を過ぎたこの時期に、その分の穢れを祓うというものだけれど、夕べ見た夢に導かれるが如く、今日は朝からお参りモード。本来ならば明日でかけるところだが、明日は重要なことがあるので、今日ということになったのだけれど・・・。

ということで、今日は「松尾さん」の日となりました。

貴船さんの「夏越の祓え」の「茅の輪」

ところが、深夜からの大雨、いかがしたものか・・・と思いつつ、かつての「アスムイ」で出会ったおバァたちのあの心意気を思い出して、雨が降ろうと槍が降ろうといかなきゃ~と気を取り直して行ったと言う事なのです。

この間の満月には、貴船さん。鬼門を守るお山です。そして、今日はまあ、都の裏鬼門にあたる松尾山へのお参りとなると、気も引き締まろうというもの。

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「靖国」

先週末は同窓会だった。

同窓会と言えば学校を思い出すが、今回のはそうではなく、なんと!18年も前にしていた仕事の同僚たちが集まっての同窓会だったのだ。

社会の中でほんのわずかの期間をともにしただけに思える仲間たちではあるが、18年ぶりに出会った彼女たちは、それなりに年を重ねつつも、あのことの面影をしっかり抱きつつ、みんなステキに年を取っていた。

アメリカへ夫さんの転勤で旅立とうとする人、かつての現場でポジションを保ちつつキャリアを重ねている人、仕事をしながらよき母親を過ごしている人、趣味を越えて有資格者になろうとする人、そしていまやもの書きとなった人、などなど、皆それぞれに自分の世界を生きている。

時というものはそれだけのものを知らぬ間に残していてくれるのだ。

今日一日、そしてまた一日・・・。

そうして、わたしという存在がこの世にあったことを記していくのだ。

ああ・・・、今日も一日が過ぎていく。明日はどんな一日になるのだろう。

ところで、Yasukuni_01 あさっては映画「靖国」を見に行く予定なのだが・・・。明日という日を捨てて(いや、奪われて)死んでいったかつての若者たちが合祀される靖国。

実はわたしの叔父も太平洋戦争で戦死している。海軍飛行学校を出てすぐに飛び立ったらしい。

終戦の一週間前に鹿島沖にて墜落との報告が戦友からもたらされている。

遺骨は無く白木の箱に戦死公報が入っていたという。

思えば、靖国がすべての戦死者を合祀しているのだとしたら、わたしの叔父もそこに祀られていることになる。

叔父は21歳で戦死している。独身のまま戦死していった叔父はどんなひとだったのだろう。

三人の男兄弟の中で一番絵が上手だったという。酒もたばこもしらずにこの世を去った叔父の位牌にわたしはピースを手向けるのだ。

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飛鳥寺で・・・お~っとぉ~!!

太子の湯から出るとそぼ降る雨。温まった身体にひんやりとした空気が心地良い。

しばらくすると村内を経巡る「亀バス」が到着。勢い高松塚へ・・・。

高松塚古墳は資料館などを含め、一体が公園になっている。ひろびろとした風景はどこかに似ていた。よく考えると・・・奄美大島の何とかイウ公園に感じがよく似ている。ふと奄美の光景が目に浮かぶ。

だが、ここはヤマト。奄美であるはずは無いのだが・・・太古の昔、ヤマトと南西諸島のつながりがあったということをふと思い出し、共通する香りを感じる。

080524_135201 そして・・・

高松塚古墳へ・・・。

レプリカのある資料館はこじんまりとしたところで、何となくほほえましいサイズでほっとする。

巨大なスケールで展示されるより、このほうがずっといい。

高松塚古墳はグランドシートで囲われ、肝心の古墳の様子はわかりようも無かったが、丘陵地を利用した入り口の感じは見て取れる。

高台にあったと思われる高松塚古墳、今でも墓地は高いところに作られることが多いが、太古の昔も慰霊には高さが必要だったのだろうか・・・?

そんなことを思いながら・・・はて、次はどうしたものか・・・と思いつつバス停へと戻るのだ。

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太子の湯から高松塚古墳へ

亀石の風景をこの目で確かめているうちに、にわかに雨模様に・・・。

いかがしたものか・・・と思いつつ、バスの窓から見えていた「太子の湯」を思い出す。歩きつかれた体をちょっとだけ休ませようと、畑道をショートカットして、急遽立ち寄り湯をすることに。

「太子の湯」というからには、聖徳太子に関わりがあるに違いない。確かに近くには太子建立とされる「橘寺」がある。

聖徳太子といえば、そう、蘇我馬子らとともに物部守屋を倒した側。張本人は蘇我馬子だが、太子が後ろ盾であったことには間違いない。

うう・・・ん、はたまたいかがしたものか・・・。

そうはいっても、今のわたしにはお休みが必要、とわけのわからない脈絡で、勢い太子の湯へドボン!!

「ああ~、いいお風呂。」

しかも、お風呂の中にはTVまで設置されていて、ゆっくりはいれるようになっている。でも、お風呂に入りながら何もテレビまでみなくてもいいんじゃない?お風呂に浸かっている事がゆっくりなのになぁ~と微妙な気分。

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そういえば・・・亀石ってあったよなぁ~?

天武・持統天皇の御陵から道へ戻り、さてもいかがしたものか・・・と思っているのだが、遥か先の標識に「亀石は左折、車に注意」の文字が・・・。

080524_091401 そうだ、この近くにあるのなら、飛鳥資料館で見たあの「亀石」を見に行こうと、早速歩き始める。

歩道の無い細い道を車と一緒に歩きながらゆるりと坂道を登るが、そんな石は見当たらない。

道の向こう側で垣根の草取りをしているおじいちゃんに声をかけると、右手北の方向に10分ほど歩くとあるとのこと。

ほ~、そうかそうか・・・。

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天上の虹

『天上の虹』という漫画がある。里中真知子さんの作品で、持統天皇の物語だ。

持統天皇と言えば、そう

『春過ぎて 夏来るらし白妙の 衣干すてふ 天の香具山(万葉集巻1雑歌28)』

のあのお方。

080524_105301 なんと!(言いたくはないけれど)わたしと同じ58歳で没している。

さて、飛鳥村内を周回している「亀バス」に乗り、石舞台から次なる場所「天武・持統天皇陵」へ。

道を挟んで向こうに見えるこんもりとした丘のようなもの。それが御陵だが、よく見るとその裾には畑が耕され、なにやら人影が・・・。

この御陵は盗掘にあい、中を確認することが出来ているため確実に「天武・持統天皇」の御陵というそうだ。

こういったことを考えると、盗賊どもは後の歴史に貢献(っていうのかな?)しているともいえる。万事『塞翁が馬』なのかも・・・(?)

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ああ・・・教科書で見た「石舞台」が目の前にある!!

小学校から高校あたりまで歴史の教科書に欠かすことなく(多分)出てきていた「石舞台」

080524_100601 そう、蘇我馬子の墓と言われている例のヤツ。

飛鳥村村内には「金バス」というのと「かめバス」というのが走っている。村内をわりと頻繁に走り回っていて、意外と村内は移動に便利なようになっている。

そこで、さっそく「石舞台」方面へ走るバスに乗り込み、いざゆかめやも・・・。

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男根??

朝早くに明日香村に着いてしまったわたしは、さっそくバスに乗り込み飛鳥資料館へと行き、あっという間に壁画にご対面した訳なのだが、いかんせん気が抜けるほどの「楽勝」見学だったものだから、朝飯前仕事となったということのだ。

再入館と言うわけにもいかず、写真展示や常設展を見たりしたものの、そんなものはすぐに見れてしまい、外に出るしかない。

ここはかなりの肝いりの資料館らしい。庭はよく手が入れられていて美しい。また、明日香村に点在していた石の像がまるで近代美術作品のように据えつけられている。

080524_091301 中でも目を引くのが男根のような塔である。

どうやら須弥山に見立てた噴水の装置(!)らしいが、どうみても男根だ。古代のひとびとはおおらかだったんだなぁ~、いやいやひとと言うものはそういうものなのか・・・などと想像をたくましくしながら、そそり立つその男根、いやいや、塔をまじまじと見たのだった。

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キトラ古墳と高松塚古墳

  080525_065701        行ってきました、「キトラ古墳壁画12支」の公開展示。

25日が最終日だから必ず人が押し寄せるだろうということ、24日はお天気が悪そうだということで、24日は絶対に穴場と勝手に決め込み、一番列車(地下鉄だけど)に乗って、行ってきました明日香村。

朝4時半起床。気もそぞろに出掛ける支度をし始めるが、今朝のお作法はお休み。気もそぞろでも毎朝のお作法をちゃんとした方がよいと思いつつ、「ま、いっか・・・」とおサボり。ごめんなさいわたしの「something great」さまたち。

急行080524_075201 橿原神宮行きに乗り、1時間10分ほどで橿原神宮東口に降り立った。駅の改札でバスの一日乗車券をゲット。結局これを買ったことがラッキーであったことが、ほぼ一日明日香村を過ごしてから分かるのだ。

いずれにしても、人がたくさん出てくる前に飛鳥資料館へ行かねばならぬ・・。とはいえ、なんとしてもバスが来ないことには自力では辿り着けそうにもない。レンタサイクルの店も朝早くには開いてない。しかも空はどんよりとしている。

まあ、レンタサイクルよりバスがよかろう・・・とフンではみたものの、バスは一体いつくるのやら。事前にインターネットから取り出しておいた資料によればあと10分ほど待てば来るとはおもうのだが、なにぶん見知らぬ街のこと、本当にバスはくるのだろうか・・・?ちょっとだけ不安がよぎる。

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大阪城へ行ってみた

週末にさる研修が修了した。

ぐったりと疲れて帰ろうとしたその視界に、都内で研修の仕事を一緒にしたことのある某氏の歩いている姿が飛び込んできた。

彼女が大阪にいることは承知していたが、まさかこんなところで出会うとは・・・。

早速声をかけると、今日は研修講師たちの会議があったらしく、他にも同じような感じのお二方と今から帰るところなのだという。

挨拶もそこそこにわたしの方に話題を振られたが、ちょっとめんどくさかったので失礼して、大阪城への道をレクチャーしていただいた。

Pa0_0075 歩ける距離らしいことは知ってはいたが、ほんとに歩ける距離のところにわたしはいるらしかった。

で、さっそく言われたようにおりこうさんに歩き始めたのであった。

まずは高速の下の道にたどり着くと、ここは「天満橋」

そうか・・・、「天満橋から~♪」っていう歌があったけど、天満橋ってここなんだぁ~と新しい土地との出会いに感激!

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まずい弁当って??

野暮用で自宅に戻る新幹線の中でのこと。

自宅と京都月に一度往復しているので、エクスプレスカードのポイントが溜まる。そこでグリーン車に乗ってみることにした。

何時だったか以前一度だけ乗ったことがあったが、こうしてまた乗ってみるとJRのサービス低下が如実に判明する。

すっごく前に乗ったからそれを今と比較するのはいかがなものかと思うけれど、前には確かお手拭とウーロン茶がサービスで出ていたような気がする。

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お掃除

一燈園というところが京都にある。詳しいことはインターネットHPに出ているのでご覧になってほしいが、そこで生活する人たちをときどき京都市内で見かける。

ごく普通の人たちだが、他の人と変わっているのは左手にバケツを抱えているところだ。

そう、バケツでおトイレの掃除に歩いているのが一燈園のお仕事。お仕事というか「六万行願」という修行とのこと。

西田天香ご夫婦で始めたこの修行、そうした活動を通して争いの無い暮らしをめざし、しいては世界平和へ繋がるよう、その活動自体を「祈り」としているということのようだ。

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流鏑馬

連休中の3日、下賀茂神社で流鏑馬神事が執り行われた。丁度休みを利用して亭主が京都へ来ていたので一緒にこの神事を見に出掛けたのだが、神事は午後から。早くに出掛けたわたし達は、ひとまず玉依姫さまにご挨拶をしてから、縄の張り巡らされた馬場に腰を下して場所とリ。

長時間待つのも嫌だなあ~とおもいつつ、あの美しい公達の姿を見たいという欲望には勝てず、お寿司とみたらし団子を手に入れて、待つこと2時間。

Dsc_0028 ようやく長引いていた神事が終わり、やっと射手たちが馬場入りとなる。待ちかねていた観客たちも思わず身を乗り出して息を潜めている。

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行きました、いきました!!「都をどり」

Sh010084行きましたよ~!「都をどり」

落前日の29日そう、かつての「天皇誕生日」に行ってきました~。

何を着ていこうか思案した挙句、やっぱりなにも気取ることも無かろう・・・と一番落ち着く姿でいったのですけれど、中にはお召し物のすばらしい方からジーパン姿まで、ほんと人様々。

甲部歌舞練場というのは、花見小路の奥にあって、まるで歌舞伎座のような(おおげさ?)立派な建物だったですよ~。

外国の観光客らしい人もいましたし、常連さんのような方までこれも様々。

中にはSh010082子供連れもあり、文化を伝承して行くことへの母親としての配慮が感じられ、やっぱり日常的にこうしたものに触れておくことがこんなにたやすく出来ることが文化度の厚みになるんだろうなぁ~と思いましたよ。

京都の「暮らし」に脱帽といったところでしょうか?

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うう・・・・・、すっごい!!

世の中にはいろいろな人がいるけれど、今日は物部氏の末裔の方にお会いした。

歴史の中に出てくる人物とDNAが繋がっているんだなぁ~と思うと、なんだか妙な気持ちになる。

そこで教えていただいたのだが、その方は医学博士なんだけれど、「正統性」をつなぐ遺伝子って、女系にしか受け継がれないんだって。

つまり、ミトコンドリアDNAってやつは、女性の方にしか遺伝しないらしい。

従って、「正統である」っていうことは女性が担うもののようだ。

それは日本に限らないようで、例えばエジプトの王は何をもって正統とするかというと、その正統性を受け継いだ者との婚姻によってのみそれを語れる、つまり、正統である血を受け継いだ女性を妻にすることが必須条件だったとのこと。

去年だか一昨年だか、「女系」とかなんとかで次の天皇がどうのこうのということが話題になっていたけれど、どうもそれって遺伝子レベルの話に繋がりそうだなぁ~とつくづく思った。

皇統を云々する人たちにとっては、いいにつけ悪しきにつけ、きっと由々しき問題なのかもね。

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世の中、まだまだすてたもんじゃないかも~

Sh010078昨日は恒例の貴船さん参りのあと、ふと思い出して百万遍の「手づくり市」に立ち寄ったのだが、そこで丹後ちりめんのストールをゲット。

お月様の満ち欠けをモチーフにした毛色の変わった手づくりのストールだったので、気に入って買った。で、今日はアルバイトで出掛けるのでオハツで首に巻いていった。

↑鴨川沿いは菜の花畑

・・・・、ところがである。

生来のおっちょこちょいというか、集中度の無さというか、電車の到着にあわてて飛び乗ったはいいが・・・、「あ゛・・・・・滑り落としちゃったんだぁ~」と気づいたのは、既に電車が出発して10秒後。

たしかに鞄のポケットに突っ込んだつもりだったのに、例のスカーフが無いことに気づき、あちこち探したがどうにも見当たらない。で、いすに腰掛けて電車を待つ間、スケジュールを確認しているうちに、鞄のポケットから出し入れしているのがわずらわしくなったのだ。そして、それを膝の上に置いたのが禍したらしい・・・というとこに落ち着いたという訳なのだ。

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桜花(さくらばな)

ちょっとした用事で嵐山方面へいった時のこと。Sh010059

上桂と言う駅の駅頭で若い女性の怒声が聞こえる。

こんな昼間から酔っ払っている風でもないのだが、何もそんなふうに人前でいわなくったっていいだろうと思えるほどの叱責を、恐らく母親であろう女性に向けている。

どうやら、何かちょっとしたものをどこにしまったか忘れてしまったらしく、言われている方の女性はあちらこちらと探し回っている。

その間、娘と思われる若い女性は、途絶えることなく母親と思われる女性に向って叱責しているというわけなのだ。

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浜下り(はまうり)

今日は旧暦の3月3日、そう「ひな祭り」。そして沖縄では「浜下り(はまうり)」の日です。

月齢は2.0。一昨日の新月からすでに少しだけ太り始めているお月様。

今日、なにげなく旧暦カレンダーに目をやると、「え゛~、今日じゃない!!」とあわてたわたし。

だってね、この間久高島へ渡るときに安座間港の食堂にいるナビぃさんから、旧暦3月3日から「ミルク世ぅ(みるくゆぅ)」に入るということを聴いたんです。で、「いままでの自分を卒業してサア、新しい世を迎えるのだから、それに向けて残す時間をちゃんと準備しなさいねぇ~」といわれていたから。Sh010065_2

「ミルク世」というのは、沖縄ではニライカナイという常世からミルク神(弥勒信仰といわれている)がおいでになって、この世を納めてくださり、幸せな世の中になるということなのだそうだ。

それまでの「サーカ(つまり仏さま)」の世ではなく、ミルクさまがおわす世になるということなのだけれど、具体的にどういうことになるのかはわたしにはいまひとつイメージできない。

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どうしたものか・・・

夢が訪れた。

しばらくすると沖縄なので、某所でしてくることを夢に聞いてみたのだが、ちゃんとお示しが・・。

ところがである。

肝心の何をしてくるか・・・のお示しを忘れてもうたぁ~。夢は儚くも消えさった。場所だけは確認できたのだが。

どうしたものか・・・と思いながらまだ寝ていたが、(もちろん熟睡)そうしたら<諏訪神社>と来たもんだ。

諏訪神社って各地にいったいどれくらいあるんだ??

第一、京都にあるンかいな?調べても調べても京都にはあらへん。

何かにチラッと出ていたのを頼りに三条東洞院あたりを経巡ってみたが、毎日見ている通りだし、そうしたものがあれば気づいているはずだが、やはり無い。

長野のは諏訪大社だし諏訪神社じゃあないしな・・・。

あ゛っ~!今一箇所思い出した。あるじゃないあるじゃない。わたしの自宅のあるところになんと諏訪神社があることをたった今思い出した・・・!!

月末帰ったらいって見よぉ~っと。お諏訪さまってタケミナカタノ神さんだけど、む゛~、ちがうぞ!これは違うお示しかもね・・・。もうチト考えてみよう。

それにしても今日も一日良いお天気だった。

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辺野古のアメリカ軍 -2-

Grp_0025 思わず足をすっと鉄条網に入れてみる。

これって見つかったら逮捕もの?

よもや・・・と思いつつももし米兵が飛んできたら・・・と思うと内心ドキドキ。

一緒に行った某氏は「もしかしてあなたが匍匐前進したらどうしよう・・・と思った」と。

「まさか・・・そんなことする勇気は無いよ」と思いながら、そういう手もあったかぁ~と武者震い。

Grp_0033 そんな辺野古の海には地域の方々が「神の降り立つ磐」といっている場所が静かにあった。

奄美大島ではこうした磐のことを「立神(たちがみ)」というようだ。

田中一村は好んでこの立神を画いたが、こうした聖なる海をアメリカは事もあろうに「戦」の為に使おうとしているのだから、考えてみればなんと罰当たりなことだろう。

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辺野古のアメリカ軍 -1-

イージス艦「あたご」の事故のことが大きく報道され、それを契機に自衛隊あるいはアメリカ軍の使用している横須賀港のことがクローズアップされている感が有る。

Grp_0038

Grp_0032

ところで、今の沖縄の現実をお知らせしよう。

前回、辺野古に訪れたわたしは、普天間基地移設に関する現実を見た。

ジュゴンが生息するというこの美しい辺野古に、確かに日本の中のアメリカがあった。

Grp_0018遥か沖には上陸舟艇だろうか、一艘停留している。

そこへ向かって水陸両用舟艇が三艘、エンジン音を大きくうならせながら動   

き始めた。

目の前でそうした光景を見たのは初めてだった。久しく感じたことのないショックであった。

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神界のフィールドワーク 沖縄へ・・・

明日から・・・久しぶりの沖縄。

去年の8月以来なので何だか不思議な感じではあるのだが、ほんとに行くんだ。

しかもおよそ一週間という長丁場。でも、名護先生がいてくださるから心強くはある。多分何とかなるだろう。

それにしても久しぶりすぎて余りピンと来ない。

でもでも・・・行ってきま~っす!

因みに順ちゃんへのお土産は何と!「生和菓子」

危険極まりない選択ではあるが、食べさせたいのだ。 多分、きっと、いや絶対サプライズ!

しかもだ、鶴屋吉信のだぜぃ!

む・ふ・ふ・・・彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶ・・・。

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みんなそれぞれに・・・

Sn360386 正月三日から奄美大島へ行ったのだが、今日そのメンバーの一人と街中でばったりと出会った。

なんでも、某所へ行った帰りとか。体調をくずしているのだろうか。

そこで、こないだの奄美後の感想を聞いたら、メンバーの一人と今日あった彼女は体調を崩したらしい。

あの体験を体で噛み砕いているのだろうか・・・?

それにしてもわたしも行っている間に20年ぶりに下痢をした。それも急になのだ。

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ままならないことって・・・

世の中にはどうやらままならぬことが多いらしい。

便利なはずなコンビにファックス。仕事で必要なものを公のところから取り出すことによって、個人宅に個人の情報を入れることなく、個人とは離れたところで情報を得るなどという面倒な手続きをもって、わたしのアルバイト先は一仕事を増やしてくれた。

ところが・・・である。

コンビにとはいえ、そうしたファックス自体を管理するのもいい加減なもので、取り出そうとした情報を印字することも無く、通信が立ち消えた。

わぉ~。どうするんじゃい!

で、店の人はどうしたらその不具合を解消できるのかを思案している(ように見える)が、的を得た作業をしているとはどう見てもそう思えないほどのたどたどしさで、なにを考えたか本体を叩いている。

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今年の事始め「あたらしいスタジオ」

新しい年をむかえて最初の収録を新しいスタジオで。

真新しい、そして前よりず~っと広くなったスタジオは、テレビで見るようにホントに「スタジオ」って感じ。

ミキサーの顔も見えるし、ちゃんと「Que!」っていう手振りも機能する感じ。ちょとしたタレント気取りで、声もいつもよりこころなしか弾んでいるような気がするのも不思議。

まあ、思い込みと言えばそういえなくも無いのだが、こうなったらプロでも目指そうか・・などという妄想にも駆られようもの。

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ま、いっか・・・

娘とはしばらく会っていないなぁ~とふと思って、娘のHPを訪問。

いっぱしに社会貢献しているのはまことに喜ばしいことではあるが・・・、チト働きすぎのような気がしなくもない。

それに控えこのわたしといったら、未だに青臭いことを口にしながら、何事も成し得ずにこうしてぐだぐだと書いているのだ。

前にも書いたことがあるが、どうもわたしは「換金能力」に乏しいらしく、社会の中で片隅に住むしかないらしい。

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さぶっ!!

ご縁あがって、実はわたくし、さる某有名○立大学医学部の「模擬患者」なるものになったのだ。

そして今日初めてその会にでかけたのではあるが、にんともかんとも・・・。

うう・・・ん、指導教官というか担当教官さん、これってさ・・・、いいんかいなぁ~??

詳しくは言えないが、一度チャント考え直した方がいいんじゃないのかな?此れって、トレーニングって言わないかも・・・。

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あきらめられない・・・

「あきらめきれないこと」って、皆さんにはありませんか?

実はこの「あきらめきれないこと」で、わたしはここ京都に移動してきたんです。

P3080244 よく「思い切りが悪い」と言われることがあったり、いつまでもあきらめ切れずにいることって、少なからずありますよね。

あの時ああ言えば良かった、もう少しああだったら・・・、そしてわが青春に悔い有りとか、わたしは、今の状態に決して満足しているのではないのだといった風に、何かしら悔やんでしまうことが多いのです。

そんな風にしている自分に気づいているくせに、毎日の暮らしぶりといったら、なにを反省することもなく、いつも同じような行動様式で、すべからくを生きている自分を見ると、ホントにいやになってしまいます。

さて、ここで、どうしてわたしが京都に移動してきたか、そのひとつのきっかけについて少しお話しする必要があります。

いくつかあるきっかけのひとつは「父の死」でした。

父は老人性肺せん癌が発見されてから、一月もしないうちに死んでしまいました。

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「なんくるセミナー」新月の日にスタート!申し込み受付中です!

いよいよ天鈴花が始動・・・。新月の日にあたる11月10日から

天鈴花の「なんくるセミナー」をスタートいたします。

「なんくるないさぁ~」とは、沖縄のことばで「なんとかなるさ」そして「Take it easy」と言う意味です。

わたし達が一番望んでいることは、やはり「安定」「平和」ではないでしょうか?

自分が向かうべきポイントの方向にさえ羅針盤がしっかりと合えば、ひとはなんとか元気に暮らしていくことができます。その軸がぶれたときにひとは不安になるのです。

シンプルにフツーの暮らしをすることさえ、今の時代では難しいことになってしまいました。複雑すぎる社会の仕組みの中で「わたし」という個人が埋もれつつあります。

波立たぬフツーの暮らしは、おだやかなこころをもたらしてくれます。そしてそれが安定(さだまり)となることからでも、人びとの「平和」への道を模索することも可能であるかもしれません。

しっかりと羅針盤をあわせ、星(いくべき方向)を見失うことなく行くことができれば、「人生という航海もまた楽し・・」です。天空にある星々は決してわたし達をうらぎることなく、その道を指し示してくれることでしょう。

古代の人々は「スターナビゲーター」という航海術で自力で太平洋を航海していたそうです。わたし達もそれに習い、降り立つ大地を目指しましょう。

暮らしの中にこの大切な「安定(さだまり)」が生まれますよう、まずは「わたし」という羅針盤を、埋もれた大海(社会)から引き上げる作業(再発見)から始めましょう。

こたえは外側にあるのではなく、既にあなたの中にあるのです。

まずは自分のちからを信じて・・・。

詳しくは下記をプリントアウトの上、ご確認ください。

「how_to_designyour_life.doc」をダウンロード

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沖縄・神界のフィールドワーク・読谷村 (放送篇)

こんばんは天鈴花です。

9月に入ってからこの番組も少し趣向を変え、わたしが沖縄で体験した聖なる空間をご紹介しています。

Okikawa3_033 読谷村

で初めて訪れたウタキでの不思議な出来事に始まったこの沖縄・神界のフィールドワーク。今回はふたたび

読谷村

に戻りまして、今日は瀬名波のウフガーのことをお話しすることにしましょう。

さて、

読谷村

は沖縄本島中部の西側にあり東シナ海に面していて、

那覇市

から北に28kmほどのところに位置しています。

読谷村

は古くから「ユンタンジャー」とか「ユンタンザ」といわれ、読谷花織りという織物や、「ヤチムンの里」としても知られるように、たくさんの陶芸家やアーティストが住んでいます。

そして、伝統的な「登り窯」がいまでも使われていることでも知られています。

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こんばんは

映画こんばんはを見に行った。夜間中学の話である。

まぎれもなく、現代日本のことである。

「学校」というところが子どもたちにとって過ごしやすい空間でなくなってから久しい。

かく言うわたしにとっても、学校と言うところはとても苦しいところであった。いまでいう不登校ぎみだったのだろう。わたしの小学校時代から始まる長い長い学校生活には、この映画に出てくるような教員などいなかった。

それはわたしにとって、ある意味で不幸であった。

しかし、ある意味で幸いであった。わたしは勝手に学んでいた。

不登校と言うことばは大昔にはなかった。子どもながらに智慧を働かせ、「風邪をひいた」と言っては休み、「喉が痛い」と言っては休み、そして「お腹が痛い」といっては学校をサボった。親にばれないように医者へもいった。

実際のところ、上手く熱も出てくれたし、お腹も痛くなってくれていた。

そんなわたしの様子に一番敏感だったのは、祖母だった。祖母には生前よく言われたのだが「おまえは病気になる前はすぐ分かる。ちゃんと絵に描くからね」

おお・・・、そんな小さいときからわたしは「巫女」であったのかぁ~!!

学校に行っても楽しいことは余り無かった。

不幸なことに、少しは成績がよかったから、先生には常に取り立てられた。

そして、何かにつけてあらゆることに選ばれた。学級委員、歌のコンクール、絵画展、書道展、硬筆展、作文、そして学力コンクール。

それが苦しかった。

おりこうさんを演じていたわけではないが、わたしなりに辛かったのだろう。

良い成績の何でも器用にできるおりこうさんであること。

教師たちのバカさ加減は、高学年になると手に取るようにわかった。

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堀川高校ってとこへ行ってみた

「堀川の奇跡」と謳われた京都市立堀川高校へ行った。公立高校にあって抜群の京大への進学率を誇る(?)高校だ。だからと言って、それを売りにしているわけでもなさそうだけれど。

教師人たちの意識改革で生じた奇跡といわれ、公立でも此処まで取り組めるのだということが大分評価されているらしい。

説明に当たった教頭も熱くその取り組みを語ったが、わたしには少しばかりしらけて聞こえた。

だって・・・、生徒たちの自主性や自由度を保障しているというけれど、話しを聞く限りにおいて、生徒たちはほとんど教師陣の手の内にある感じがしたからだ。

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沖縄・神界のフィールドワーク プロローグ(放送篇)

こんばんは、天鈴花です。日中の暑さや雲の形もさることながら、夜ともなるとほんの少しだけ秋が感じられるようになりました。

Img_1742

さあ、今日は九月九日、そう「重陽の節句」でした。

そこで今日は「自然と向き合う・神行事」ということについてお話しすることにしましょう

ところで「重陽の節句」ってあなたはご存知でしたか?

古来より奇数は縁起の良い数字とされていて、11の元旦、3/3の桃の節句、5/5の端午の節句、7/7の七夕、9/9重陽の節句をもって五節句と呼ばれています。

そして、一番大きな数字(陽の数)が重なるこの節句こそが、平安時代の初期から宮中などで公式に最も盛大に行われた行事だったそうです。

そもそもこの行事は不老長寿や繁栄を願うお祝いだったそうです。「菊」が祭られた事もあってか、菊の御紋章とゆかりがあるのではないかとさえ思いたくもなりますよね。

ところで、平安貴族たちは重陽の節句に「菊の着綿」(きくのきせわた)といって、菊の花にかぶせた真綿で身体をこすり、健康を祈ったそうです。その際、時の天皇が臣下に菊を浸した酒を与えられ、身体をいたわったのだそうです。

さて、沖縄では行事はすべて旧暦で行われ、同じようにこの「重陽の節句」が祝われますが、意味合いは少し異なります。

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人生の納め方にも・・・

夫の兄から「生前葬(?」をするから・・・と連絡が入った。

実行委員会が作られて、兄のその「77記念感謝の集い」なる生前葬を仕切るらしい。

名古屋の中心街にある某ホテルでパーティ形式で執り行うらしいのだが、夫はその案内状に釈然としていない風である。

突然そのようなことがもたらされたときに、大方の場合にはそうすんなりと動けるものでもないだろう。

ましてや、そう合理主義でもないわたしの夫の心情に、少なからず漣がたったことだけは知れた。

「どうする・・・・?」と夫はのたもうたが、どうするったって、どうするのよ?とこっちが聞きたい。

第一「あんたのお兄さんでしょ」といってやりたいが、そうもいくまい。

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河合隼雄先生 追悼式

Sn360257 今日午後一時から京都国際会館において、元文化庁長官、心理学者であった故河合隼雄先生の追悼式があった。早朝にはバケツをひっくり返したようなものすごい降りだったので心配であったが、時刻を経るにしたがって、雨はあがってホッとした。

わたしも少なからずご縁があったので式に参加させていただいた。かねてより河合先生は「音楽葬」を望まれていたようである。逝去後は密葬をされ、そして今日の追悼式となった。

「わたしはホラも吹くけど、フルートも吹くでぇ~。」と生前親しい方に仰っていたそうだ。ご自身も室内楽で演奏されるほどの達人だったと聞く。

そんなことからか、式の中では「献奏」がされた。ブラームス『弦楽六重奏曲代一番変ロ長調』第一楽章、第二楽章が静かな中に献奏された。

最後に参会者で献花がされ、追悼式は修了した。

参会された著名人には、安藤忠雄氏、鷲田清一氏、政府関係者(小泉元首相、文部科学大臣)、山折哲雄氏、森毅氏、鶴見俊輔氏、中沢新一氏、京大関係者などなど、そうそうたるメンバーがおいでであった。

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お参りモード

今日は沖縄琉球暦によると、「神吉日」丙申である。

夕べから雨模様だったのでどうかなぁ~と思いつつ、目を覚ますと・・・、おっ!何とか大丈夫らしい。

さて、今日はお参りモードであるぞ・・・とやにわに出掛ける気になる。な~んて書くと全くの思いつきのようではあるが・・・、一応日は選んであった。

根拠はないが今日なのだな。普通の暦からいえば、昨日が「大安」なのだから昨日にすれは良いかとも思うのだが、29と言う数字より30かな・・・などと、全く根拠の無いことを根拠に今朝出掛けることにした。

ところが、マンションを出たらあらま・・・、なんとなく雨模様。

ええーーいっ!行くっきゃない。

と言うわけで、雨の松尾さん(松尾大社)にお参りに行ってきました。

Sn360253

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見えないけれど・・・リスナーが・・・!

「京都三条ラジオカフェ」。FM局である。

NPOで日本初の認可局の「京都三条ラジオカフェ」は、コミュニティFM局だ。つまり地域に立脚しつつ、情報を発信している局である。

ご存知だろうか?コミュニティラジオには電波法による制限があって、たったの10Wという細々とした出力パワーで放送しているのだ。

したがって余り遠くまで電波は飛ばない。

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完全数 28

今夜は満月。そして皆既月食。しかも28日。と、いくつかのファクターが重なり、多分わたし的にはエキサイティングデー。

今丁度月食が始まっているみたいだが、残念ながら☁☁が多くて見ることが出来ない。

完全数 28 と言うのをご存知の方もあろう。

映画「博士の愛した数式」にこの数字が出てくる。もし関心がおありの向きは、文庫本になった原作をお読みになると良い。

この「28」についてのうつくしい物語が載っている。

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良い子はお外で遊びません。

余り見かけない制服だから、おそらく修学旅行?の子どもたちだろう。このクソ暑い京都のしかも、昼日中。

なんと・・・、セーターを着て歩いているではないか・・・。思わず目を疑ったが、さすがに腕まくりはしているにしても、制服と思しきカーディガンをまとい、汗をだらだらたらしながら、帽子も被らないで京都の街なかを歩いている。

エ゛~??!!いっくらなんでも、それはないでしょ?あなたたち、暑くないの????

と、声をかけたくなるようなそのケナゲ(?)なお姿。

規則を破ったって、先生はきっと何にも言わないと思うよ。

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いまどきのご時勢とは言え・・・お受験セミナー

子育てを卒業宣言してから既に6年経つ。我が家では20歳までは親としての経済的責任を果たすが、18歳以降は各自の責任で生きていくように・・・と、18歳の誕生日にわたしは「親業卒業宣言」をしてきた。

実際に中高一貫私立教育を受けた後、長女は芸術系国立大学への受験を希望して二浪後、「わたしは学生になりたい訳ではなく、絵が描きたいと分かったから進学はしない」と宣言し、アルバイトをしながらその後出会った「美学校」に行った。その後「アートブックバインディング」という自分の世界を獲得して、イタリアのコンペティションに入賞。「世界の100人のマイスター」の一人に選ばれた。そしていまでは社会的な責任を果たせる程に成長している。

長男は学業にはほとんどエネルギーをそそぐことなく、自分の関心に焦点を合わせ、中高一貫私立教育の中で、徹底的に自分を生きた。当然のように大学には受からなかった。

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忘れた・・・!!

忘れるということがよくある。手紙を出す、振込みをする、予約をする、・・・などなどキリがないが、よく忘れる。

ご多分にもれず、今日も大きく二つ忘れた。

府立医大にいくこと、そして、傘。Dsc_0194

気が付くのが遅い。年のせいもあるのだろうけれど、きっと注意散漫なのだろう。京都に戻ってまだ二日。まだなんとなく身体がこの場所に戻ってきていない感じなのだ。

府立医大での受診、そして傘、その双方に共通するものがある。

「保護」

身体を守る・・医療、そして雨から身を護る・・・傘。

ああ・・・、わたしはこのシンクロをどう捉えたらよいのだろう・・。

そういえば明日は三隣亡。そしてお月様が半分の夜。つまらぬことを忘れさり、まがまがしきものを打ち払い、歩いていくことにしようか。

それにしても・・・暑い。

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「生きるということ(宮古島篇)」(放送篇)

こんばんは、天鈴花です。

今年の夏はまさに日本列島が南国でしたね。

朝夕の涼しさは、いったいどこへ・・といった感じです。

さて、京都では16日に「五山の送り火」を終えました。

そして「地蔵盆」を終えると、京都の街は夏の終りを告げるということになります。

そこできょうは、今年の夏にあった、ある一人の若者との出会いを通して考えさせられたことについてお話しすることにしましょう。

「生きる」などと言うことばを使うと、さも小難しそうでストイックな印象を受けがちですが、「生きる」ということは、「暮らし」ということにつきます。つまり、「生きる」ということと「暮らし」とは極めて密接に繋がりあっていると言い換えることができそうです。

Dsc_0185 さて、ことしの夏、わたしは沖縄県宮古郡宮古島市に、およそ一週間ほど滞在しました。

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想ひ

京都に帰ってはきたが、からだがまだ京都に馴染まないまま一日経った。

こんなときは街を徘徊してからだをここに取り戻すに尽きる。

週末ということもあって、京都の町にはひとが溢れている。都会風のイデタチ、それは京都という空間にはかなり違和感がある。

かといって、いまはやりの「京都で着物」という借り物の姿も片方での違和感を模様させる。京都という空間に馴染む姿はなんでもないフツーのシンプルさが似合う。

それにしても暑い。暑いからからだもしんどい。しんどいからおこもりとなる。おこもりとなるとなお更にやる気が出ない。

こうした悪循環を意識的に断ち切るには・・・、やはり徘徊に限る。

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平均年齢が延びたって・・・

なんと日本人の平均年齢がまた延びたそうです。

わたしのところは夫と6歳違いなので、数字だけで考えるとわたしは少なくとも13年は一人で暮らすことになるんだなぁ~。数字だけではね。

でも、父親のことを考えると、ひとっていつあちら側に行くのかわからないから、本当にそうなるかはわからないな。

それにしても、誰かがいっていたのだけれど、「この世はあまり楽しくなかった。やっと死ねる年齢になったと思ったら、どうもあの世というのがあるらしい・・・。死んでもまだあの世での生活があるのかと思うと、気持ちが暗くなる・・・」

う~ん、けだし名言なり。

やっぱりわたしもいつおつむがぼんやりしてくるか分らないから、はっきりしている今の内に、したいことは全部しとこ。

やっぱり、こうなったら「わがまま」・・・「我がまゝ」に生きるほうがいい。誰に遠慮があるものか・・・。ただし、「我がまゝ」とは「勝手」とはわけが違うし、自己中とも異なる。

わがかつての上司が始めた認知症高齢者グループホームの名前は、くしくも「我がまゝ荘」である。

人生の最期くらいは我がまゝにということからネーミングしたとか。

でも、なかなか我がまゝって難しいことなのかもしれないな。

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宮古島に行ってきます!!

お月様が太ってきている。

今頃の宮古島はどんなだろうか・・・。様々な意味でいまや沖縄は食い物にされている。団塊世代が大挙して沖縄を目指している感ありというところだ。

石垣島はもうだめだろうというのが実感。本島から抜け出そうとしている沖縄移住組みは口をそろえていっている。

「もう、沖縄はだめさァ」

ああ・・・だけれど、ホントにそうなんだろうか・・・?

だからと言うわけではないけれど、宮古島にいくわたしは少しくらいは希望をもっているのだ。

というわけで、8月4日まで宮古島にいってまいりまァ~っす。

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この世とあの世の境目(放送篇)

こんばんは、天鈴花です。

八月にはいり、旧盆も近くなってきました。毎年のようにどこの家でも盆飾でいろどられるようになりますが、今週も「行きて帰りし物語」をつづけることにしましょう。

さて、先週の「行きて帰りし物語」は、わたしの弟の体験をとおして、この世とあの世には踏み越えることが出来ない、境界線が存在することをお話ししました。

Okikawa_013 今日は宮古島のあるカンカカリヤの体験を通して、その境界線のことを少しお話しします。

そのカンカカリヤとは、数年前にあるご縁で出会いました。

民俗学者の谷川健一先生の書かれた「神に追われて」という本に、そのカンカカリヤのことは詳しく書かれていますが、そのカンカカリヤの、死を賭けた体験にはすさまじいものがあります。

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「行きて帰りし物語」(放送篇)

こんばんは天鈴花です。

祇園祭も終盤に入り、24日はいよいよ還幸祭、つまりお神輿にのって神さんが八坂神社へお戻りになる日なんですよね。

鴨川を鴨川を渡って神さんが一週間の間、御旅所におとどまりになり、三条通りを通られて八坂神社にお戻りになるのだそうです。

そこで今日は、「行きて帰りし物語」と行くことにしましょう。

さて、行きて帰りし・・・というと、えっ??という印象をお受けに成るのではないですか?

そうなんです。行って帰ってくる・・・ってこと・・・です。

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めぐる縁

縁と言うものを感じる。昨日はわたし達のスペース「リレイト」が旗揚げ講演をした。

そしてその前日に河合隼雄先生が逝去された。「リレイト」のスーパーヴァイザーをしてくださっている、京都大学大学院教育学研究科准教授である、皆藤章先生の恩師でもある。

皆藤章先生は特に河合隼雄先生の後期の思想を受け継ぐ「語り部」として存在する貴重な存在であり、河合先生が創設された「臨床教育学」という学問においても、第一人者でいらっしゃる。

その河合先生が、「リレイト」の旗揚げ講演会の前日に亡くなられた。一瞬、明日は大丈夫だろうか・・・などといらぬ心配をしたものの、不思議なシンクロニシティというかご縁を感じざるを得なかった。

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祇園祭

寺町界隈ではすでに「コンチキチン」の楽の音。そう祇園さんのお囃子の音だ。何度聞いてもいい音だ。

P6160354_1 あの「カネ」本当に重たいものでビックリする。この間南観音山のお囃子お披露目会にいって、実際に叩かせていただいた。

あのカネ、さんじゃくで竿に芝って練習していた。さんじゃくはもちろん絹だった。さすがに京都だな。

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やっぱりいそがしいのはイカン!

仕事をしない生活を始めて4年経った。仕事をしないストレスというのも味わった。で、やっぱり仕事をしたい・・・・!と内心叫んではいるものの、京大を修了してからこのところ、たいした仕事もしていない。

最近になって友人が「親子をつなぐ学びのスペース」を始めたので手伝うことになってから、にわかに忙しくなった。

そして、京都三条ラジオカフェ「祇園祭フラッシュ」の取材・原稿書き・お勉強と・・・、いっそがしい~!毎日になってしまったみたい。

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夏越の祓え

今日は6月30日。小さい頃は「胎内くぐり」といっていたが、夏越の祓えの日だ。

ということで、今日は朝早くに家を出て貴船さんに行ってきた。 夏を迎える貴船の山々は美しい緑に溢れていた。

Sn360140 わたしは大抵奥宮さんにいくのだが、今日は本殿も参拝した。

本殿は檜の香りがたち、とても美しい。わたしはいつもは奥宮さんだけに寄って帰るが、夏越の払えでもあるので、今日は本殿にも立ち寄ったということなのだ。

本殿に上がる前の階段のところには、所狭しと短冊が笹にくくりつけられていた。

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天鈴花のなんくるないさぁ~「放送篇)

こんばんは天鈴花です。

梅雨のような雨が続いていますが、沖縄では連日クーラーが活躍しているとのことです。

うりずんの季節もすぎさろうとしており、あと一週間もすれば夏至を迎えます。

そこで、今日は「沖縄という体験」ということについてお話しすることにしましょう。

先週もお話しましたが、わたしは沖縄との出会いの中で、たくさんの「ユタ」とか「ノロ」と呼ばれる、女性の神官たちに出会いました。

なかでも、「ノロ」といわれる女性神官たちが神事の行事で口にする「神歌」の世界に与えられた聖性や呪力を彼女たちが読み取り、それを「声」にすることによって、沖縄のありようを今によみがえらせているのだとしたら、むしろ、そういったことこそが「沖縄という世界」を支えているといっても言い過ぎではないと、わたしは先週お伝えしました。

Okikawa2_043

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なんとかならないかなぁ~。

沖縄の友達から朝一の電話。いつものごとく、未来への不安を語る。

「絵を描いていきたいから・・。やっぱりおんな絵描きになる!」と宣言して沖縄へ移動してはや満四年。

一方、我が息子は、精一杯の南方を6年間体験したあげく、「もう沖縄。十分味わいました・・。」と内地(?)に就職先をさがすことになった。琉球大学に入学したときには「もう家には帰らないよ。ずっと沖縄にいる。寒いのはいやだからね」。そんな風に宣言していったのに・・。どんな心境の変化があったか知る芳もないが、いずれにしても「行きて帰りし物語」だな。まあいいさ、どこにいても元気で自分の道を歩いていってくれれば。

だが、さきの友達にはまだ「沖縄」が必要なようだ。

というのも、この間の玉城の「夏至祭り」に向けて描いた「龍の絵」が、思いのほか売れなかったみたいで落ち込んでいるというのだ。それで意気消沈していたのだが、思ったような女絵描きデビューを果たせなかったことが、いくばくかのショックをもたらしたらしい。

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祇園さんの気配がする

梅雨だというのに毎日がなんとなく晴れているような・・・、曇っているような・・・。でも、だから梅雨なんだよな。

うっとうしい毎日で部屋の中もなんとなくじめっとしている。でも、ベランダのセロームちゃんは今年は元気だ。5枚も大きな葉を天に向けて広げている。

Tp_0609_11 さてと、少しばかり祇園祭の気配を感じ始めた。といっても、ラジオカフェの取材が始まったからなのだけれど・・・。

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教育って・・・。

教育を語るには大変な労力が必要だ。

「教育」を語るのか「学校」を語るのかあるいは、「学び」のどれを語るかよっても、内容が微妙に異なってくる。

TVやラジオあるいは、さまざまなメディアで「教育」を語るが、いまひとつ要を得ない。学校教育制度のことと、教育、あるいは学びがごちゃ混ぜになっているから、聴いていると本質がかみ合わないところで、それぞれが言いたいことを言っているから、始末に終えない。

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お疲れ様でした・・・

夏至当日の今朝、沖縄県南城市玉城では、「夏至祭り」が

執り行われた。前夜祭、当日あわせておよそ200人ほどの方々が集われたという。

夏至の登る朝陽は無事に見ることが出来たが、今日の沖縄はあいにくの雨模様となってしまったようだ。

今日の集いまで友人は、毎日のように「龍」の絵を描き続けた。結局65枚の「龍」がこの世に誕生したことになった。070619_12120001

沖縄に移動して、はや5年目を迎えた彼女は、「光を描きたい」といつも言っていた。

描いたのは「陽の光」とはならなかったが、やっとこのようにしてひとつの「光」をこの世に生み出したと言ってもよいだろう。

生み出すことのしんどさを知っているがゆえに、なかなか手をつけられなかったことではあるが、今回の「夏至祭り」に向けて精進したという事実だけはしっかりと残った。

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夏至が近い近い

夏至が近い。去年は玉城にいって朝からスタンバイして登る朝陽を拝んだが、今年はどうも沖縄モードではないらしい。P6220031

残念だが今年の夏至には登る太陽を拝むことが出来そうにない。

つい最近まで行こうかどうしようかまよっていたが、今年は夏至の玉城には行かないことにした。

どうも今年は「宮古島」がお呼びのようなのだ。まあ、仕方あるまい。残念ながらまたの機会にしようか・・・。

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パッチギ LOVE&PEACE

パッチギLOVE&PEACEを見た。今日はお昼ご飯を食べに、近くにある韓国家庭料理のお店に行ったら、「パッチギLOVE&PEACE」のミニポスターがあったもんだから・・・「いこっ!」と即決。それに今日は水曜日だから1000円で見れるし。

一作目のパッチギはわが青春を思い出させるような画面だった。「イムジン川」のメロディーはわが青春そのものだ。あのメロディーを反対から歌ったのが「かなしくてやりきれない」だけれど、あのころフォーククルセダースのレコードを何回も聴いたっけ。

今回の「パッチギLOVE&PEACE」は多少説明的だったものの、ラスト近くであの女の子が自分の主演する映画の舞台挨拶で、関係者を向こうに廻して自分の出自を語る場面では、思わずぐっときてしまった。

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天鈴花の「なんくるないさぁ~!(放送篇)

こんばんは天鈴花です。あっという間に6月になり、この番組は二年目に入りました。

この間「これは沖縄の紹介をする番組ですか?」という質問がしばしばありました。

確かに沖縄の香りを感じるとしても、かならずしも「沖縄」を案内しているわけでは無いということをあなたは感じてくださっているでしょうか?

では、わたしはこの番組を通じて、一体何をしているのか・・・といいますと、・・・、恐らくわたしが「体験」をとおしてわたし自身を見つめ、それを「声」に出すつまり「語る」という方法をもってして、最終的には「にんげん」のありように迫るという作業しているのかもしれません。

そこで、今日は「語り」ということについてお話しすることにしましょう。

いつだったか、立命館大学の学生さんから、「天鈴花さんはどうしてラジオ放送というメディアを選んだのですか?」と尋ねられたことがあります。

彼が言うには、「伝えたいことがあるのなら、<辻説法>でもあるじゃないか」というのです。

言われてみれば、確かに<辻説法>という方法もあるかもしれません。でも、わたしは僧侶ではありませんし、信ずべき経典を携えているわけでもありません。たまたまラジオというメディアと出会ってしまったのです。だからこうして「声による語り」を紡いでいるというわけです。

さて、「語る」という行為はある意味で、「歴史意識」の形成行為といえます。それは、今生きているわたしによって「ムカシ」のできごとが「イマ」との関係によって、意味づけられるものであるといえるそうです。

『過去→現在→未来という空間化、視覚化して一線上に配置された「とき」の捉え方は、文字文化とヨーロッパ語の時制概念によって作り出されたフィクションであることが、文字を用いない社会での「とき」の概念との対比で明らかである』と論じているのは、文化人類学者の川田(かわだ)順三さんです。

川田さんは、日本の例をあげ「無文字性」や「無文字領域」は、豊かに息づいていることを告げています。「声」と口伝え、身振り、図像の世界がそれです。「文字」が切り取ったり表したりする世界は、人間の伝え合いの限られたごく一部でしかないといっています。

さあ、ここで歴史は一気に上代に向かいます。

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みめいこんとん (放送篇)

こんばんは天鈴花です。最近は日の出が随分早くなりました。

夜明け前の東の空を見ると、まさに「未明混沌」の世界です。

「みめいこんとん」とは聞いたとおり「未だあけやらぬ時の天地が一体となっている状態」を示します。ところで、わたし達は、生きていく道筋でこの夜明け前のような、混沌とした世界に入り込み、希望を失ってしまったように感じることがあります。

そこで、今日はこの「みめいこんとん」についてお話ししすることにしましょう。

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「我がまゝということ」 母の日に寄せて(放送篇)

こんばんは天鈴花です。

今日は母の日でしたね。

あなたはどんな一日をすごされましたか?お母さんとご一緒だったのでしょうか?それとも花束でも贈られましたか?

わたしの母は、今「我がまゝ荘」という、認知症高齢者グループホームに住んでいます。

そこで、今日は「我がまゝ」ということについてお話しすることにしましょう。

わたしの母は今年の年女、いのしし年生まれです。猪突猛進といわれるように、母は自分の人生を駆け抜けてきた感じがあります。

母は、若き日に労働運動に組していた父が役所を去って、印刷業を始めてから、ずっと父と共に仕事をしてきました。

政治活動に明け暮れている父に代わってする仕事の傍ら、アルコール依存症だった叔父を久里浜病院まで見舞い、そして明治生まれの祖父母の最期を看取りました。

実は、祖母も軽い痴呆を数年間生きた晩年でした。その祖母のことをきっかけにして、京都の堀川病院におられ、今でも地域の臨床におられる「わらじ医者」早川一光(かずてる)先生率いる家族の会の一員となり、自分の地元に「ボケ老人を抱える家族の会」を立ち上げました。

いまでこそ、ボケとか痴呆ということばは使われなくなり、認知症といわれるようになりましたが、あのころはまだそのようにいわれていました。そしてボケとか痴呆という状態は、ある意味で社会から疎まれる対象でもありました。

母は家業を生かし「家族の会の会報」などを印刷して、仲間達とともに、活動していました。

それも祖母の死去とともに収束に向かい、オブザーバー的なかかわりとなっていきました。

その後実の弟の逝去がきっかけとなって、母も次第に痴呆を生きるひととなりました。

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A Great journey toward my Engaged Dream82(完)

志づ女

こうしてわたし達はそれぞれに京都・沖縄に飛び、そして新しい生活に慣れてきている。京都はわたしにとって「京都」ではなく「ここ」になった。

4月には凛子は沖縄に移動して満4年を迎えた。そしてわたしも8月になると京都に来てから4年目に入ることになる。

こうしてみると、月日が経つのは本当に早いということが実感できる。

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A Great journey toward my Engaged Dream81

志づ女

つながりね・・・。あたしも父が死んでから自分自身がとても父に似ているって感じる事が多いの。

ものの考え方や行動、何かを見る眼、感覚など、こんなものまで父に似ているって思うことがあるんだ。若い頃はそれがすごくいやでね、それを消し去ろうと必死にもがいていた時期があったけれど、今になってなあんだ、結局、父親と同じような事やっているじゃないかってはたと気づく事も多いのよ。

それに今はそう嫌な事ではなくなっているの。不思議ね自然とそう思えるようになっちゃった。

それを凛子さんのいう、血のつながりといのなら、そうかもしれない。

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やってきたもの

沖縄に移住した友人から一週間ほどまえに電話があった。

「うう~ん、どうしたものかなぁ~」

知り合いのユタさんから、「幻視した神様の絵を描いて欲しい」という依頼が来ていて既に何日か思いあぐねているというのだ。

描いて欲しいといわれたのは「薬師如来」、それも坐像とのこと。

友人にしてみれば「青天の霹靂」である。だって、そうだよなぁ~。神仏を描くなどと言うことは、そう一般的なことではないのだから。

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A Great journey toward my Engaged Dream80

凛子

共感覚について書かれた本には、多くの共感覚者が私と同じように、大人になるにつれてだんだんこの感覚が鈍ってしまうとある。一生自分の「共感覚」に気づかずに死んでいく共感覚者がかなり多いという。

親から娘へは、100パーセントの遺伝という研究結果を読んだとき、数年前に亡くなった父の存在がいままでとまったく違って感じられてきた。

私の父は、豊かな農家の長男として生まれ、特別扱いされて育ち、親の資本で始めたであろう事業も、ある時期まではそうとう隆盛だったらしい。 

ところが、戦後の混乱期に財産を全部失った。先を見る目がなく、新しい世の中についていけなかったようだ。どんな商売をやってもうまくいかず、それまでに経験したことがないであろう貧乏のなかで、最後は何を思ったか、水商売に入った。

苦労知らずで育った父と母では、当然うまくいくはずはない。だまされて、最後に残った財産である土地まで人手に渡った。

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A Great journey toward my Engaged Dream79

凛子

 《共感覚と父》

いつごろからそうなっていたのかはわからないが、小学校高学年の時には、もうはっきり自覚していた。私は文字に色を感じるのだ。

平仮名、カタカナ、漢字、数字、アルファベットのそれぞれの文字に色を感じる。ただ残念なことに今ではあのころほど鮮明ではない。文字によっては、色が抜け落ちてしまった。

当時、同級生の名前は、自分のなかで全部色分けしていた。だからその名前を思い浮かべると、その色もいっしょに浮かぶ。私なりの記憶方法だった。

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A Great journey toward my Engaged Dream78

凛子

そう、共感覚というのよ。

ずっと以前にも、このことを志づ女さんに話したことあったと思うけど、覚えてる? 

小学校以来、何人かに話をしたんだけれど、誰もが皆「何のことかわからない。」と言うのよ。そのことに興味を持つ人もいなかったし、荒唐無稽に思われている気がして、いつのまにか封印してしまったの。

でも時々、感覚的に気が合う友達ができると「ねえ、こんなふうにあたしは感じるんだけれど、あなたはどう?」と、確かめていたのよ。でも残念ながら、同じ共感覚者はいなかったのよ。

このことを知ったのは、つい最近なの。本屋さんで目に止まった「共感覚」という文字。

「もしかしたら?」と思ってその本を取り上げて、拾い読みをして驚いたわ!あたしの子供のころと同じような体験をしている人たちのことが出ていたのよ!

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A Great journey toward my Engaged Dream77

凛子

 そう、私の沖縄ね・・・。

   <描きたいもの>

今は、自然にこだわりたい。この描き尽くせないであろう自然を描きたい。私の一生のテーマだ。

言葉の数が少ない私には、私が見る広い海も、大きな空も、つややかな植物も、いとJyun_4_011_2 おしい動物も、言葉で現すことができない。

絵という手段でならできるかもしれない。しかも文学的なもの、情緒的なものを排除した形でだ。

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A Great journey toward my Engaged Dream76

志づ女

でも、いまや時が訪れている。

あたしはアストロロジャーの香さんに言われたわ。

「志づ女さん、It’s your time!って人生の目覚し時計がベルを鳴らしているのよ。めざめよ!!ってね」

そう、やっとあたしは目覚めたのかもしれない。自分の人生に・・・。

だから、遠慮なんかしてないで、えいやアって思い切り自分らしさを京都で楽しんでいるのよ。

風水都市京都は息をするだけでとても気持ちのいい空間なの。早朝自転車で御池の通りを走ったり、二条城の近くまで散歩したり、そうそう、寝苦しい晩は自転車で鴨川べりまでいって涼んだりして、この空間を楽しんでいるの。

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A Great journey toward my Engaged Dream75

志づ女

まわりの景色が変わってきて、ついに追い込まれた、もう描くっきゃないって感じは、あたしと同じね。

ついなんやかやと理由をこしらえては、課題にとりくむのを先送りにしていたのは、きっとそうやって取り組む事が途方も無く大変な事だって、深い部分できっと分かっていたからなんだと思う。それってよくわかるなあ。Jyun_4_003

あたしもきっと自分が薄々感じていた方向でいくのだろうなってわかっていたような気がするけれど、なかなかしっかりと向き合えなかった。

いろいろと理由をつけて、しんどくなるのを避けていたんだろうと思

う。

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A Great journey toward my Engaged Dream74

凛子

そう、そんなこともあったわね。学生の時からこだわっていたのは水彩画だったけれど、彫刻っていう方法も試みたことがあってね、それで・・・・・・。

《わたしのやり方でいい》

もう十数年前のことだ。ある有名な彫刻家が講師をやっているデッサン教室があることを知って、受講した。機会をみつけて彼にみてもらいたい作品があった。しばらくしてからこのことをお願いしたら、気持ちよく了解してくれた。

この作品は私が学生時代に制作した作品の中で唯一S先生の影響をうけていないものだった。

彼は私に「量」の見方についてひとことアドバイスしてくれ、その後まじまじその作品を見て、「正直なことを言うと、あなたはセンスのある人だ。」といってくれた。このことは、私にとって大きな励みになっている。

「自分流でよかったんだ。」と思った。デッサンも数枚は、納得のいくものが描けた。でもそのころ、仕事が替わったこともあったと思うが、また生活に埋没してしまった。「なまけもの」と自分を責めながらここまできてしまった。

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隠れ里 Ⅹ

静けさにつつまれた空間に佇むと、この森がわたしをつつんでくれているような気持ちになる。Dsc_0094_1 もちろん、そんなふうに勝手にわたしが思っているだけなのだけれど、でも、もしかしてこの森の方もわたしをつつもうとしていて、そんな双方の想いのようなものの波長が合ったときに、こんなふうに感じられるのかもしれないな。

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A Great journey toward my Engaged Dream73

志づ女

それからあたしはやっと静かな生活にもどったというわけなの。その間、夫はどんな気持ちで生活していたのかしら。時々ふと思ったりするけれど、寡黙な夫は何も語る事はないわ。

聞いてみるのも怖い気がしてね。傷ついているのはあたしだけじゃなくて、彼もきっと何らかの形で傷ついている筈だもの。けれど彼はだまって日々の生活を送っている。淡々と・・・。

でも、そうしている姿を見るのも身勝手かもしれないけれど苦しい。その苦しさを伝えることもとても難しいの。受け取らないのよ、そのことばを、夫はね。

だから、「ごめんね」ってこころの中で呟くだけなの。善意が動機だったはずなのに、それがひとを傷つけている、そこがなんとも言い訳しにくいから。

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A Great journey toward my Engaged Dream72

国際電話で夫に連絡すると、彼は一瞬ことばにつまった。数分間の沈黙が続く。彼はひと言「成田でまっている」と言い、そのまま電話は切れた。

帰国してからのわたしは、生活者としては死んでしまっていた。

あのころ一体どういう生活をしていたのか、みごとに記憶から外れてしまった。三人の子ども達はいったいどうしていたのだろうか。

それから数か月の間、ほとんど外出できない生活となった。精神的にも極限にあった。

このままではわたしが潰れてしまう。寝床から障子の桟を眺め、淡い光をぼんやりと見つめていた。

あしたは病院に行こう。もう耐えられない・・・。

丁度そのころ、ビザンチン様式でミサをあげる老年の神父が都内にいて、毎週一回、SADANAというインドのメディテーション(黙想、あるいはいのり)が指導されている事を知った。

わたしはその出会いに賭けた。

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隠れ里 Ⅷ

山道を淡々と歩く。そこここに、獣がいると思しき一物が残されている。万が一のことを考えながら、それでも行くのだ。Dsc_0073

途中「明神の滝」を右手奥に確認しつつ、まずは「そこ」を目指す。水の音が近くに聞こえる。

ときどき、鳥たちのさえずりが一息つかせてくれる他は何の音もしない。静寂さと苔むした森のムンとした匂いが立ち上るのみの空間。

そしてやっとたどりついた・・。「隠し平」への入り口の標識がひっそりとわたし達を迎えてくれた。Dsc_0076                                             

    

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A Great journey toward my Engaged Dream71

もうここにいるべきではない。これはわたしひとりで改善できるようなたやすい問題ではないのだ。

そうこうしていたある日、日本からの手紙で現地にいる日本人の修道女の存在を知ることとなった。

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A Great journey toward my Engaged Dream70

当時、そこは国内でクーデターが勃発直後で、朝早くからジェット戦闘機の爆音が、直ぐそこの空間から響き渡っていた。

市民生活は大幅に変化しつつあったが、日系移住者たちの世界は旧態依然としていた。

着任当初、わたしのことは一晩のうちに日系人の間に知れ渡っていた。

その時のように、今度もまたわたしのうわさが日系人の間に広まった。今度は良いうわさとしてではなく。哀れみのまなざしや困惑した態度がわたしの身の回りで生じていた。

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A Great journey toward my Engaged Dream69

次男を背負っていた肩が次第に重くなる。

疲れたのだろう、次男はすでに背中で眠っている。長男が「代わろうか?」といってくれたが、「いいよ大丈夫」と答えた。せめてもの母親としてのプライドくらい保ちたいじゃないか。

何の音も聞こえない。蒸し暑い風がからだにまとわりつく。

歩き始めてからすでに三時間が経っていた。

「なんでこんなことになっちまったんだろう・・・。」そんな後悔が脳裏をよぎる。

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A Great journey toward my Engaged Dream68

ブラジル丸でアスンシオンに入植した岩手出身のおばあちゃんから聞いた入植当時の話はこうだった。

『どこにいくのかわからなかったんだよ。親が引っ越すって言ったからね、しかたない。小学校も中途で転校ってことだったから、学校はほとんど出て無いさ。家財道具一切をもってね、ブラジル丸に乗った。

船の上じゃあ、運動会もあったよ。そこでお産をする人もあった。そうして半年してブラジルについた。そこで一晩とまって、翌日になるとまた船にのった。今度は奥地に入る船さ。

川をさかのぼって入植地についたんだよ。最初の晩にね、言ってみれば旅館のような、そう、そんなもんじゃもちろん無いんだよ、そこでね、食べ物がだされた。

お菓子のような、お餅のような。翌日、馬に乗って自分の土地として買った奥地に移動するときにね、それを手で割って中身を見てみた。そしたら残飯が入っていたんだ。それを皮で包んであって、揚げてあったんだ。 

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A Great journey toward my Engaged Dream67

いくら赤道下に位置する南米とはいえ、その気候にまだなれていないからだに浴びる水のシャワーは、まるで制裁でも受けているように、冷たく、せつないものであった。

或る時、バスが無い時間に帰宅することになってしまった事があった。車では送ってはもらえないのはわかっていた。しかたなく歩くことにした。

ともかく、バスで通る風景は見覚えがあったから、そこを歩けば家に着くはずだからといって親子三人で歩き始めた。夕闇が迫っている。

道はフェルナンドという集落へ向う幹線道路ではあったが、それでも夕方ともなれば真っ暗な闇である。ところどころに木の電柱が立ち、そこには申し訳程度のはだか電球がつけられていた。

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A Great journey toward my Engaged Dream66

志づ女

そう言われる度、「日本に帰れないこともあるかもしれない」と思うことがしばしばだった。

しかし、現実の嵐のような生活の中で、子どもたちを守りながら、どういう選択が良いのか、わたしには全くわからなかった。自分自身でさえ何を信じていいのかわからない。

目の前では、こんなことがあってもいいのかというような、そんなTV番組にあるようなドラマが展開され、そんな疑心暗鬼の生活に神経をすり減らしていた。

それでも、現地の日系人は親切にしてくれたが、どの人が信頼するに値する人か、全く見当がつかなかった。逗留先が学校の理事長宅であり、その本人とわたしが対立したのだから、家にいて息をするのも苦しかった。

理事長は理由をつけて家に帰るのが遅くなり、わたしと顔をあわせるのを避けた。一方、彼の妻は開拓移民の日系三世で、日本人は自分の祖先だとは思うが、自分は日本人ではないとはっきりいった。それでも、わたしを気に入ってくれていて、何かにつけわたしを頼った。

豆腐の作り方や、ぶどう酒、それに納豆や羊羹の作り方さえ、彼女から初めて教えて貰って作った。

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隠れ里 Ⅲ

川上村営の宿「五色湯」に泊まり、明日の「隠し平」行きをイメージする。

往復4時間で帰ってこれるだろうか・・と少し不安になるが、連れがいるので多分大丈夫。それにしても綺麗な山並みが目の前に広がっている。

ふと窓の外を見ると、山桜が寒さの中に美しく花をかろうじてほころばせているではないか・・・。ほォ~、けなげじゃのう~。

こんな寒さの中でもこのようにちゃんと咲く山桜。まだ細い木は見るほどにけなげだ。

山に囲まれたこの神之谷はすっかり暗闇につつまれて、お湯の湯気だけがゆらゆらとうごめいている。

明日はどんな行程が待ち受けているのだろう・・・。期待と不安が入り混じりながら、でも「隠し平」に立ち入ることが出来ることの誇らしささえ感じられるのであった。

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A Great journey toward my Engaged Dream65

親友には反対されたが、それでも行く事を決心した。自分なりに羽ばたけるチャンスだと思った。

二年間との約束で日系人の学校へと飛んだのだった。

あれは今思えば、レッスンだったのかもしれない。

だが、わたしにとってはとてつもない傷つきの体験となった。

周到だと思っていた準備が、エセ情報によってほとんど無に等しいものであったことが、現地について一週間して表面化した。

わたしと交代で帰国する予定の若い女性から、彼女の帰国前日に、事前の情報は操作されていたと秘密裏に告げられた。この日まで伝えられなかったのは、それが発覚した場合、彼女本人が帰国できなくなる事を恐れての事であった。

正直いって、その話はショック以外の何物でもなかった。そんなこと、事前にわかっていたら、まだ小学生であった次男とボディガード代わりに同行させた中学生の長男に、理不尽な犠牲を強いることなどなかった筈だ。

選択を誤ったとは思いたくはなかったが、現実がそれを否定した。

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A Great journey toward my Engaged Dream64

凛子

あのこと・・・って?

志づ女

あのこと・・・、そう、あれは1989年の冬、まるで映画の物語の様に・・・。

<

ターニングポイント>

あのころのわたしは自分自身が持つ良い所には目を向けず、陰のところだけを取りざたしていた。当然のように自信がなかった。それをいけないものだとして、排除していったのだと思う。だからあのころはとても自信などなかった。

わたしはわたしでありたかった。

でも、どういう風にしたらわたしでいることができるのかよくわからなかった。

団塊の世代に生まれたわたしは、声高に近代的自我の獲得が叫ばれていた時代に影響され、難しげな本をむさぼり読み、訳知ったように語った。

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A Great journey toward my Engaged Dream63

凛子

そうして父の反対を押し切り大学に進学した。母は、小さいころから私の絵をいつも褒めてくれて、どんな絵でも、「じょうずだねえ。」といってくれた。

だから、絵の道に進むことを、反対しなかった。むしろ、末っ子だった私を応援してくれた気がする。浪人は絶対無理という家の経済状況はわかっていたから、家から離れられて、しかも学費の安いところにした。  

S先生は私が大学在学中に突然亡くなった。S先生から教えられたもの.・・・それは「絵」に対する態度や物の見方だったが、これはその後、今にいたるまで私に大きく影響をあたえている。

Dsc_0017 先生の絵は、あくまでも明るく澄んでいて、甘さという逃げ道がまったくない。S先生が黒いカラスを白いといえば「そうかな」と思うほど影響された。でも今になって思う。この先生のところで学んだことが、小学校の時に自分の時間をなくしたと同じ様に、自分にとっての大切なものを失うことになったのではないか? 

 

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A Great journey toward my Engaged Dream61

志づ女

どうも困らせてしまったらしいわね。ああ、ことばって難しい・・・。
でもね、「現実を描きつつ、しかもそれが象徴性を帯びて・・・」って、それこそ凛子さんが描く絵の世界ってことだって思ったけれど、そうではないの?

つい最近あなたの好きな田中一村の展覧会を見に行ったのよ。

Okikawa3_078 一村の奄美作品の代表といわれる「アダンの木」を評して『「エンマ大王への土産」と一村自身が評したもう一点、「アダンの木」もまた、水平線の彼方を見つめる構図となっている。

海岸線の樹木を通して見る海の彼方の空間、それは単なる空間ではなく、一村の心のうちにある遠い想いの世界ということができる。

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頭が痛い・・・

毎日のように色々なことを考えている。つまり常に頭が忙しい状態だ。そうなると、常に「気」は上の方に上がっている。

頭を使うということは「mind」が優先されていることだ。mindが優勢ということは、ろくなことがない。

『下手な考え休むに似たり』ということだ。

昨日、東福寺に行ったが、修行僧たちは二時間の間座禅をするそうだし、朝の3時に起床、それからずっと座禅とか問答とかで一日を過ごし、4と9の付く日にしかお風呂に入らないそうだ。これは室町時代からずっと今日まで続いているとか。

P3080229 そして、9時には消灯らしいが、個人的に座禅を組んだり、勉強をしたりしているという。

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A Great journey toward my Engaged Dream59

志づ女

すっきりと「ハイこの意味はこうですよ」っていうわかり方もあるとはおもうけれど、あたしにとってそういうのより、そのわからなさを抱えながら、ああでもない、こうでもないってその夢を思い続けるってことに意味があるように思える。

そうしていくと、夢が膨らんでね、さらに深みを増していくように思える。その意味ではしつこく追い続ける態度が乞われるっていえるわね。

実はね、この《夢の関連シリーズ》と自分で命名している《夢》があってね、それも遠野から連想される東北が出てくるの。

もちろん、内容は違うんだけれど、それでもここは東北だって思った《夢》だった。そして、《夢》の中では東北も沖縄も同じなんだと思っていたの。

そんなふうにしてね、その《夢》がどういう「連続ドラマ」を提供してくれるか、どう成長していくかを見続けるのよ。そうしてその成長していく《夢》を味わっていくと、なんとなく「こんなことをこの《夢》はいいたいのかなあ?」って感じになってくる。

そういう、こんな感じ・・・ってくらいがいいような気がするの。へんに理屈でわかるより、ずっと豊かな感じがしない?

すっきりわかっちゃう方が、なんだか作り話のように感じる。

そうはいっても、その意味をわかりたいとも一方では思うけれどね。だから、ずっと《夢》を見続けているのかもしれないわよ。まさに未来を夢見るようにネ。

凛子

あたしも、自分がこだわりたいものに関しては、あいまいな感覚というものを大切にしたいと思っているの。自分がこだわるものって、あたしの場合は「絵」なんだけれど。

あたしが描きたいものは、<こんな感じとも少し違うんだよね>っていう自分の感覚を追い続けていきたいと思っているの。 

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A Great journey toward my Engaged Dream58

凛子

エッ?そんな曖昧な感じでいいの?だったら気が楽だわ。解釈っていうか、どんな意味があるんだろうって考えるとよくわからないじゃない?そうすると気になってね、何とかわかりたいって思っちゃう。

ぼんやりとこんな感じなのかなあ、ってことでいいなら、何とか付き合っていけそうな気がするけれど・・・。

最近よく本屋さんで「夢解き」の本を見かけるけれど、あれってどうなの?ほら、「夢辞典」のようなものから、専門的なものまで。

志づ女

そうね、あたしも最初夢の勉強をした時、ドリームセラピストの先生が翻訳したものを頼りにしていたのよ。

でもね、所謂、万人共通の「夢ことば」はあるとしても、夢が個人的なものである以上、自分の問いにはやっぱり自分の「夢ことば」を見つけていくのが一番いいんじゃあないかと考えているの。

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コトバ・言葉・ことば

ああ・・・なんとkotobaと言うものは難しいのだろう・・・。

メールで問い合わせをした。文字にした内容は相手によく伝わっていないらしく、電話で説明したいと言って来た。

それほど難しい内容ではないはずなのに、返信をしてきた方には受け取れていただけなかったようだ。

どうしてそういう返信になるわけ?とわたしは??マークがしきりに頭の上に浮かぶ。

「話すこと」と「文章」・・これが微妙に表現すると異なる。自分が言いたいことを文章に表すことは、言いたいとおりに文字にすることとはどうも違うらしい。

なんとまあ、「ことば」とは難しいことよ・・・。実際、いまだって、表現したいことが「コトバ」なのか「言葉」なのか「ことば」なのか、なんだか微妙にわかりません。

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A Great journey toward my Engaged Dream57

でもね、40代半ばにこんな夢を見たの。

《抱かれている子ども》

「遠野物語」の本を湯川秀樹の奥さんから貸してもらう。そこには何枚か色あせた写真もあり、その中の一枚は南米の風景の写真だ。もう一枚の写真は地層の中に、ありとあらゆる動物やシダ類の化石がまるでジュラ紀の地層のように重なっている。Sn360031

なぜか母の司会で「柳田国男○○財団」の設立準備のため、打ち合わせの会議をしている。

Yさんのご主人もそこにいて話し合いをしている。Yさんの子どもが眠いと言うので、わたしは寝かしつけようとして抱っこをする。

わたしが抱っこしたのはYさんの娘のSちゃんだったのに、ふと見るとその子はYさんになっている。大人の男性なのだから重たいはずだが、なぜか赤ちゃんのように抱っこされ、すやすや寝ている。

それにしても、重たくなったので、抱きなおすと目が覚めてしまう。SちゃんであるYさんは「からだが痛い」というので、わたしは「畳に寝て伸びをすると気持ちがいいよ」と教えてあげる。

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A Great journey toward my Engaged Dream56

志づ女

それから、日本にだってね、そう、古典文学にもね、夢の話しがたくさん登場しているの知っている?

それこそ、『記紀』の頃から江戸文学に至るまで夢譚はたくさんあってね、それに昔話のなかにだってあるわよ。

ほら、「だんぶり長者」とか「味噌買い橋」とかそう言った類の話から「源氏物語」や「更級日記」にだって夢は登場する。そういったことについても、たくさんの研究がされている。

わたしにとってはやっぱり一番身近で信頼をおけるものが「夢」なの。Okikawa_002

ただ、それは研究対象なんていう自分から遠くに隔たったものではなくて、最もindividualな、つまり、個人特有のもので、自分だけのものって感じかしら。だから、それを何とかわかりたいって思うのはあたしにとってごく自然だし、必要なこと。

それだけ夢の力を信じているって言えるかもしれないわね。

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無常であるということ(watasih篇)

小林秀雄ではないが、「無常であるということ」なんだなぁ~と思ったことをひとつ。

末息子が帰っていった。就職活動(今はシュウカツというらしい)で沖縄から出てきた。出てきたというか、琉球大学の修士課程にいる息子は、シュウカツをするには沖縄から出てこなくては話にならない。

早生まれの早産という二重のハンディを負っている息子は、何事もおっとり構えている。

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A Great journey toward my Engaged Dream55

志づ女

なにがちがうか・・・、そうね、違いはないと思うけれど、あえて言うならば、「夢に対する態度」が違うとはいえるかもしれないわね。

つまりね、「夢」をハナから絵空事としてみるか、それとも象徴的なことば(内なることば)としてみるか、そのあたりがどうかってこと。

「夢」っていうのはね、古代は「イ(寝る)メ(見る)」と言われていたの。つまり、寝ているときの目ってことよね。

よく、夢はレム睡眠とノンレム睡眠、とくにレム睡眠の仕業と言われるけれど、あれだって眼球が動いている事が観察されて導き出されたことでしょ?いずれにしても、「目」に関係があるってことは言えるんじゃあないかしら?Okikawa_083

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生涯現役??

高校時代の友人はいまや一線で活躍する、メディカル系雑誌、書籍の編集者である。

その彼女からは時々、しかも急に連絡が入る。

きょうもそういったように彼女からふいに電話が入った。仕事で京都に来ているという。

そこはこっちもいってみれば、対外的には毎日が日曜日のような暮らしであるから、即、「お茶しよう・・!」とついぞ反応する。いきおい京都駅で待ち合わせることとなった。

逗留先はリーガロイヤルとのこと。「いいところに泊まっているんじゃン」と思いつつ、三ヶ月ぶりのお喋りを楽しみに出掛ける。

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「学校」と「まなび」 -団体と個人ー

一昨日だったかな、NHK教育テレビだったと思うのだけれど、「文体」のことについての授業をしている番組があった。

わたしは教師ではないけれど、教育には関心がある。三人の子どもたちを一応育て上げた(正確に言えばまだ末子が院生なのだが、もう手を離れているのと同じ。手の出しようのない沖縄にいるんだもん)が、子どもたちが小さい頃から、既に学校は死んでいると思っていた。

すくいようのない学校と言うところの実態と言うか現実に、親として子どもを公教育の場に送り出している責任を感じた。Okikawa_305

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A Great journey toward my Engaged Dream53

そういえば小さい時、度々わけのわからない自分のからだを体験していた。よく言われる、「かなしばり」だったと思う。

だから夜になるのが不安だった。またあの感覚に襲われるのではないかと思うと、夜中でも不安になって目が覚めた。夢うつつのなかで、自分のからだがどうにも動かないことに気づく。

「またあれだ・・・。」

頭は冴えているのにからだがどうにも動けないのは苦痛以外のなにものでもない。声も出せないから、隣に寝ている祖母を起こすことさえ出来ない。

どれ位の時間をそんな風にすごしただろう。頭の中でからだを動かすイメージを働かせ、気持ちだけを動かしてみる。右にそして左に。そうこうしているとしばらくたったある瞬間に、ある感覚が訪れる。あっ、動かせそう・・・。

そう思うとすっと自分のからだの感覚がもどり、でもその時にはかならず落下の感覚が伴っていたのだが、ドスンと床に落ちた感じがする。それと同時にからだが実感されて、自分の動かしたい方にからだがスッと動くのだった。

そんな事を何度も体験しているうちに、からだが動かなくてもそれほど不安な感じにはなくなり、そんな状態が訪れるのにも慣れてきていた。

からだもそんなふうであったが、わたしはかなり長い期間、とてもよく夢を見ていた。

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A Great journey toward my Engaged Dream52

志づ女

そう、ずいぶんとはっきりしてきた。

それと、自分であること、つまり、ありのままのあたしでいることが、あたし

の自信に繋がってきたようよ。「自信のないあたし」っていう、着ぐるみを

脱ぎ捨てつつあるかもしれない。

本当はダメな存在じゃなくて、けっこうイケてたのに、勝手に自分でそう

思えなかったみたい。どうしたら変わったのかっていわれてもね、わからな

いのよ。気がついたらそういう自分になっていた。

ただ、こんなことはいえるかもしれない。

 

   《あたしがあたしであるということ》

自信というものがどこからくるのかわからないが、気がついたらそうなっていたということはいえるかもしれない。そしてそれは、ほとんど恩寵というものにちかいように思う。

いくら努力しても到達できないことはいやになるほどたくさん経験してきた。もっとも、努力ということ自体が、あまりわたしにはなじまないことではあるのだけれど。

学校の成績にしても、容姿に関することにしても、はたまたがまんするこ

とにしても、わたしほど努力にから遠い人間は他にいないと思う。

ただ、唯一、これは結構やってきたなということがある。それは<納得できるまで喰らいついて諦めない>ということだ。

小さいときから何ごとにつけ知らない事を調べることは億劫ではなくて、むしろ好きなことの部類だった。

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A Great journey toward my Engaged Dream51

志づ女

そう、「自立=他人に依存しないで生きること」っていう考え方なのね。

ただ、依存しないで生きられる人っているのかしら?あたしはね、逆に依存してもいいんじゃないかって思っているの。

だって、誰かに頼れるってとってもいいことにも思えるけれど・・・。頼るってことはその相手との関係のなかで成立するものだから、信頼感にも繋がると思うし。それが片方向だけだと問題があるとは思うわよ。

いつもいつも頼っているばかりとか、いつもいつも頼られているばかりってのは、やっぱりフェアな感じがしない。両方とも自分の力を発揮しないことになるから。つまりね、頼るときもあるけれど、頼られたときにもちゃんと応えることが出来るような、そんなふうにお互いに頼ったり頼られたりっていい感じの関係性のなかにあると思う。

ほら、大阪に『やりもらい』って言葉あるけれど、あんな感じにちかいものよ。それはして貰ったことに直ぐに何かをお返しするって感じじゃなくてね、後になってからでもその人が必要になったときに、手を貸すとか・・・。そうやって人は関係を作り上げていけるような気がするけれど? 

その意味では「相互依存」っていうことね。それから、「自立」と「自己実現」は違うものって考えているのね。うう~ん、難しいなあ。どうなのかしら、そこって。そこのところ、もう少しどんな考えなのか教えて貰えない?

でも、あなたにとって「自分らしい生きかた」って凄くはっきりとしていることが良く分った。ずっと、絵のことに拘ってきたものね。

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A Great journey toward my Engaged Dream50

凛子

そのまえにさっき志づ女さんが言っていた「自立」のことを言いたいの。私は、「自立=他人に依存しないで生きること」だと思うのよ。

これは、社会で認められて成功するというほど大袈裟なことではないのよ。依存しないで生きている人が皆社会で成功しているわけではないわね。

ただ、この意味の「自立」と「依存」を両方経験した私にとっては、「自立」の方が大変だけれど・・・。だから離婚するまでに10年もかかったの。

Okikawa_030 このことからすると、社会で生きていくことが厳しい人に自立がないということになると思うけれど、彼らは、リスクを負っているから守られて当然なんじゃない?

誤解されると困るんだけれど、決して上から見下ろして言っているわけではないのよ。

だいたい「自己実現」と「自立」はまったく別のことだと思うけど。

私にとって自分らしい生き方は、思いきり恋愛し、自然を見たときの感動を絵で表現することなの。ここまで言い切れるまでこんなに時間がかかったの!

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A Great journey toward my Engaged Dream48

凛子

いつのまにか志づ女さんとはもう20年のつきあいになるわよね。世間的にはしあわせな奥さんでお母さんなのに、いつも何かをさがしていたわよね。

それは、「自分らしくいきること」だったのかなあ。私たちは、奥さんお母さんで満足できないところが似ているみたい。私にとって「自分らしい生き方」ってなんだろう?

Jyun_1_3

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A Great journey toward my Engaged Dream46

凛子

でも・・・、彼にそう言えてよかったよね。この一言だけで、志づ女さんの気持ちが彼に充分伝わったはずよ。彼にはなによりもうれしいことばだったはず。

これ以上の愛の告白はないんじゃない?

わたしの場合は、つい最近まで、彼への気持ちをこのままお墓の中まで大切に持っていくつもりだったのよ。なぜかしら?急に精神的ストリップをしてしまったのよ、志づ女さんに。

そうしたら「私がこの世に産まれてきた目的は好きな人の子供を産むことだった。」といった私の言葉にあなたが凄く感動したでしょう?このことに驚いたのよ、私。

だってこんなことあたりまえすぎて誰も言わないと思っていたから。

それにその目的を果たせなかった自分が、神様から与えられた若い時間を無駄に使ってしまったという思いがあったの。課題をひとつやり残してこの世を終わるのかという、敗北感のような気持ちでいっぱいだったのよ。

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福祉の世界

夕べ旧来の知人から突然電話があった。

彼はある県のケースワーカーとして、県内でもその名を知らない人がないほどの福祉のスペシャリストである。

その彼がひどく疲れた声で現状を訴えていた。

最近では老齢加算が削られ、生活をしていくのに大変な保護世帯が増えていることをTVの報道などで聞いてはいたが、福祉の現場では聞きしに勝る現実が繰り広げられているらしい。

彼はヒューマニズムに溢れたすばらしいケースワーカーだ。その彼が「ほとほと疲れた。」というのだ。自分の知っている福祉の世界とはかけ離れた現場が増えているといつになく気弱にいう。

個人が太刀打ちできるほど、組織はやわではない。そして、組織の中で上手く立ち振る舞えるほど、彼は器用ではない。だが、彼は公務員生活のすべてを福祉の世界で生きてきた専門家である。

つまり、手練手管は百も承知のうえ、なおかつ利用者に対して誠実に仕事をしてきた職人肌の公務員である。

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A Great journey toward my Engaged Dream43

志づ女

苦しかったけれど、今思うとすごくステキな

恋愛があったのね。羨ましいくらい。

あたしは恋愛なんてことには全く縁遠かったし、むしろそれを封じていた感もあるわ。それはあなたと同じ。

封じ方はあなたとぜんぜん違うけれど、やっぱり、自分の中の「女性」を封印していこうとしていたみたい。

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初の実況中継!!

初の実況中継だ!!

昨日は曇り~晴れだったのでちょっとばかり雲行きが心配。ところが、今朝は朝陽がすごかった。

昨日の電波の状態からすると、どうもAUの携帯だと電波状況が不安。で、固定電話化、室内で・・との指令が出たものの、固定電話があるのかどうか・・。

いろんな心配もあったが、とにかく朝陽を拝もうと思って、朝風呂へ・・・。朝陽が登るのは関東地方からすると一時間は違う。それを見越して六時半ごろからお風呂に入りながら日の出を待ったのだが・・。

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玉城へ・・・☆彡

玉城へ・・・こころは飛ぶ!

明日の「冬至」の玉城へ・・。玉城って??あなたはご存知ですか?

沖縄本島南東部にある玉城は「斎場うたき場所にあり、海の向こうには沖縄では神の島と呼ばれる「久高島」が臨めます。

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縁は異なもの・・・岳さんじゃない?!

ラジオカフェで今度やる特番「天鈴花のなんくるないさぁ~」from沖縄の打ち合わせをしていた。

と、そこへ・・・ひとりの人が・・・。

「あれぇ~?岳さん?じゃない?」

「おお~!}と二人目が「・」状態。

「岳さん、桐山岳広さんではないか~。ど。どうしたの?なんで京都にいるの?で、京都へは何しに・・・?」と矢継ぎ早に質問するわたし。

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A Great journey toward my Engaged Dream34

志づ女

かの分析心理学者のユングはホロスコープの中の星が古来から結婚に影響している点に注目して、実験しているくらいなのよ。

『自然現象と心の構造』という本に表しているの。その実験は非難されたようだけれど、あのユングが占星術に関心を持っていたことは面白いとおもわない?

古代では政治や社会的なことに占星術が多用されいて、その後は個人の生活にも応用されてきたという歴史をもっているのよ。

それは洋の東西を問わないの。日本だっていま流行の陰陽師たちがそれにあたるわ。

この宇宙の出来事と個人の出来事がこんな風

にリンクしてくるなんて、ちょっと考えただけでもエキサイティングな感じするわね。

宇宙の中にいる人間をリアルに感じる。まさに、そんな感じ。

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人生は・・・

月日の経つのはすごく早い。特に50歳をすぎてからそれは如実になった。内部感覚ではまだまだ若い気でいるが、例えば、この間のように西国街道を20km歩いたりすると、もう確実にわかる。

朝から夕方まで歩いたら完全に疲労困憊した。京都タワーが見えたときにははっきりと足が萎えた。

そぼ降る雨のなか、最後のもう一息をあるく時になったら、もう嫌気がさしていたが、それでも若者たちがいてくれたお陰で、なんとか完歩することができたようなものだ。

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A Great journey toward my Engaged Dream32

志づ女

一般的に「占星学」とか「占星術」っていうと、オカルト的で、占いのようなイメージが強いけれど、ほんとはそんなものではなくって、ものすごい量の天体の動きに関するデータベースなのよね。

それにまつわる資料や物語が全世界中に同じような形であるということは、とても普遍性に通じていくものだと思うの。

つまり、だれにでも当てはめて考えられるってこと。

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A Great journey toward my Engaged Dream29

凛子

あの話を聞いた時に、ふっと、これまたその気になったのよね。不思議なんだけれど。志づ女さんが話してくれたあと、ふっとその気になったのがすごく不思議。

志づ女

そう、あなたもあたしと同じように、ふっとそう思ったのね。そうよね、まさか、沖縄行きが凛子さんに先を越されるなんてちっとも思っていなかったもの。

だから、その思い切りの良さっていうか、それと未来に対する信頼感っていうか、それがとっても強いんだなあって思ったの。だからすごい人だなあって思った。

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A Great journy toward my Engaged Dream28

志づ女

そうかぁ、そんなふうに思っていたのね。ありがとう。香さんのこと紹介したけれど、正直なところ、あなたはどう思ったかなっていう気持ちだったの。

だって、それまでの凛子さんは科学的な根拠のないことについては拒否的だったじゃない?

しかも占星術ってなんだか怪しげな印象も強いし、それに週刊誌の占いのようなお手軽なイメージもあるでしょ。

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A Great journy toward my Engaged Dream26

凛子

結婚する前に、一回だけ大恋愛をした。

彼は、電車の中で、私の前の座席に座っていた。一目みただけで好きになってしまった。

おそらく彼も同じだったと思う。この出会いによって、私は自分の中の「女」の部分と初めて向き合った。

恋愛のレッスン不足のせいなのか、あるいは最初から決まっていたことなのか、彼とは結局別れることになってしまった。

別れた後、泣き疲れたころ、しばらくして気がついた。

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A Great journy toward my Engaged Dream25

凛子

彼が、そのころの私を「月見草」に例えたくらいだから、自分らしさをまるで発揮していなかったと思える。

私は沖縄にきて、やっと本来の「自分」になれた気がする。

長年氷漬けになっていた芽が、急にふくらんできて、花が開いてきた。開いたら「月見草」ではなくて、実は「ハイビスカス」だったというのには、自分でも驚いている。Okikawa3_021

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A Great journy toward my Engaged Dream23

志づ女

でも、今更ながらよくここまで来たなって、自分でも感心しているの。

今までのあたしだったら、やっぱり飛べていなかったかもしれないのに。

それにしても、あの時、あたしたちを<飛ぶぞ>って気にさせた大きなちからって、いったい何だったのかしら?

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A Great journy toward my Engaged Dream19

凛子

もう、あなたって人は・・・。サバイバルできるっていう意味じゃあ心配ないけれど、知らない町でよくそんなに早く知り合いを作れるわねえ。感心しちゃう。

それも、私と同じように出会いってことかな?食堂のおじちゃんとおばちゃんと出会ったように、志づ女さんも京都でそうして出会っていったのね。

志づ女

そうね、人と出会う時にはそういうものみたい。それでね、そのオジサンに事の次第を話したら、「近くに自転車やさんが最近開店したから、預かってもらえるかどうか交渉してあげる」っていうのよ。

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A Great journy toward my Engaged Dream18

志づ女

さて、市役所まで歩いていくとなると、いったいどれ位かかるかって言うとね、マンスリーマンションから普通に歩いて行っても、多分、30分くらいはかかると思うの。 

市営地下鉄の東西線に乗っていけば、多分7分くらいで「市役所前駅」に着くと思うけれど、最寄の地下鉄駅まではマンションから歩いて5分くらいかかるから、結局自転車に乗るまでにまた時間がかかる。

そこまでとりに行って、そこから用事を足しに出かける訳だったら、歩いた方がよっぽど早い。

ああ、たかが駐輪場、されど駐輪場。

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A Great journy toward my Engaged Dream11

志づ女

 引っ越す前に猫のこととてもこだわっていたけれど、動物の事を考えているというよりも、まるで自分の子どもを里子にでも出すのかってほど真剣だったわよね。あなたの家には5匹くらい猫ちゃんがいたんだっけ?他の猫はもらわれていって、たしか二匹残ったのよね。

凛子

 そうなのよ。其のうちの一匹がさくらこっていうんだけれどね、さくらこは鼻気管炎という病気を持っているから、野良猫としていきていくのはとうてい無理だと解っていたしね。

そんなわけで、この3件の物件のなかから選ぶしかなくてね。権利金、敷金などの他に、家賃の1か月分をネコ保証金として払って、今の所に決まったの。アメリカ住宅といわれるタイプの、2階の部分だから、夏の暑さは予測できたし、浴槽がなくて、だだっ広いシャワー室にも驚ろいたわ。

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A Great journy toward my Engaged Dream10

志づ女

覚えてる、覚えてる。ゴロゴロすごい音をさせながらね。今、愛用しているわよ。部屋の中でいい感じの雰囲気をかもし出してる。助かったわ、あたしの持っている家具と同じシリーズの机だもの。感激したよ、永久貸与って言われたときには。うれしかった。机を買うのも大変だもの。ありがとう。

凛子

いいのよ、あれが役立ってくれれば、どうせこっちに持ってきたって、沖縄の空間に合うはずないもの。なんせ、あたしは白いペンキで塗ったテーブルに、真っ赤なハイビスカスを描こうと思っているくらい、こっちの空間はきっぱりとしていて、なにもかも違うのよ。

そうか、やっぱり、無謀と思われてもしかたないのね。でも、あとからわかったんだけれどね、本当はみんなこころの奥底では無謀なこと、したいのよ。でも出来ないのよね。だから、「彼女はこの町で何も持っていなかったから、決断できたんじゃない?」って言う人もいたらしいのよ。

でもさぁ、それってもしかして、逆にうらやましかったのかなって思うの。とても自分には出来そうに無い事をやってしまった人が、実際に目の前にいるってこと、案外と嫉妬に近いもの感じるのかもしれないなって・・・。

そんな中で、社会でそれなりに仕事をしている人ほど応援してくれたような気がする。兄弟たちは余りに急だったから、唖然としているばかり。なにしろ、3月初めに決めて4月半ばには移住だもの。びっくりするような変化だわよね。何ごとが起きたんだって感じでね。

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手作り市 百万遍

今日は15日。京都大学の北にある「百万遍・智恩寺」で、月一で開かれる手作り市の日です。空模様はちょっと怪しかったのですが、日中には快復して人手もすごかった・・・。

10数年前に出会ったある修道会のシスターたちがここにお店を出しています。「イエズスの小さい姉妹友愛会」という修道会です。彼女たちは近鉄の向島駅から15分くらいのところに長屋の一軒を借りて、そこを修道院にしているという、実にユニークな修道会なんです。ここのほかに弘法市にも店を出しています。

彼女たちが売っているのは、長野にある同会のシスターたちが作った、梅干や梅シロップ、手作り石鹸、そして薬草茶などなど・・・。

手伝うつもりが、却ってもてなされて、たいていの場合お腹を満腹にして帰ってくることが多いんです。手作りのサンドイッチ、インドの方からいただいたという紅茶でいれた、ちょっとスパイシーなチャイのような感じの飲み物、そしてパイナップルが今日のお昼でした。

有難う・・・シスター!!いつもこうしてご馳走になって話をして帰ってきます。さまざまな修道会がある中で、わたしが一番気に入っている修道会なんです。

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連載 A Great journy toward my Engaged Dream4

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   A Great journy

        toward my Engaged Dream

     

     やっぱりやりたいことがある

     それならとぶっきゃないじゃない・・・・

                                                    凛子と志づ女  

         -4-

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《彼女は南方へ飛んだ》

「今日さぁ、水納島(みんなじま)にいってきたわよぉ」

友人は朗らかな声で電話の向こうで笑った。

特段の知古があったわけではないのだけれど、とにかく沖縄へと一気に飛んだのだ。なぜそこなのかを問う必要は無い。南方なのである。沖縄は。

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「がんばるってこと」って・・・

沖縄に行った友達と電話をするとゆうに2時間は越す。お互いにもがきながら、それでも前を向いて歩いていこうと最後には確認しあうのだ。それだけのことなのだが、そこにたどり着くまでに、やっぱり2時間はかかる。

今日は2時間18分。なにもそんなに話さなくっても・・と思ったりもするが、お互いに一匹狼なのでたまには同類がいることを確認したくもなるものだ。

夕焼けになるような時刻までじゃべってしまったけれど、やっぱり今日の結論は「がんばっていこう」ってことだった。

何をどうがんばるかは、それぞれにしかわからない。でもとにかく「がんばる」のだ。もうそれしかわたしたちには道が無い。

そう話していたら急に高田渡のことが話題に上った。渡さんはちょっとしたことがきっかけで身近な存在になった。

Img_1963_1 彼はおととし、急に公演先の北海道で旅立ってしまった。

わたしが最後にあったのは「京都メトロ」であったライブだった。ライブが終わって「渡さんお久しぶり!!」と声をかけると、彼は開口一番「まだ死んでなくてごめんね」と言った。

「何言ってんですかぁ~」と声を返したものの、彼のことばが少しばかり気になった。それからほんのわずかの間に、渡さんは逝ってしまっ た。あまりのあっけなさに残された方がなんだかオイテケボリをくったようで、妙な気分にされた。でも、そのほうが渡さんらしくて妙に納得もしたのだが・・・。

今日、沖縄の友人と話したことは、渡さんの生き方だった。彼は「本当に自分自身をいきたひと」だったと思う。

あのように生き切ることがわたし達にできるだろうか・・・、そんな話だった。渡さんのように「ちゃんと自分自身を生きる」ことは出来ないかもしれない。でも、わたし達がかろうじてできることは、不器用にでも「自分でありつづける」ということだ。

だから、やっぱりわたしにとって「がんばる」ってことは「我ん張る」ってことになるのかなぁ?

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哀しいことがあったら

哀しいことがあったら、あなたはどんなふうにそれを乗り越えますか?

今日、天鈴花はちょっとだけ哀しいことがありました。具体的なことはいいませんけれど、とにかく、わたしにとってしばらくぶりに哀しい出来事でした。

それでも、また明日を生きなくてはなりません。そんなとき天鈴花はこんな風にして乗り越えます。

それは・・・、「わたしはわたし」と思うこと。ちょっと理屈っぽいかもしれませんけれど、相手の感情に巻き込まれないってこと、これが大事だと思っているんです。

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連載 A Greata journy toward my Engaged Dream2

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   A Great journy

        toward my Engaged Dream

     

     やっぱりやりたいことがある

     それならとぶっきゃないじゃない・・・・

                                                    凛子と志づ女  

         -2-

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凛子

とうとう志づ女さんも京都に行ったのね!

何年も前から沖縄の事を話していたから、いつかは沖縄に行くのかなあと思っていたけど、「京都」は思いつかなかったなぁ。

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連載 A Greata journy toward my Engaged Dream1

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   A Great journy

        toward my Engaged Dream

     

     やっぱりやりたいことがある

     それならとぶっきゃないじゃない・・・・

                                                    凛子と志づ女  

         -1-

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凛子と志づ女は同世代。すでに世で言うところのおばさん達だ。 二人とも北関東の小さな都市で生まれ育った。 生まれてからずっと、身の回りに立ち起こってくる様々なことに何の疑いもいだくことなく、あの町で親に言われるままに生活してきたのだった。

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朝、ちゃんと目が覚めるって・・・

毎朝ちゃんと目が覚めるってことって、なんだかとっても不思議。夜寝るときに翌朝ちゃんと目が覚めるという保障など無いのだけれど、みんなあたりまえのようにして床に着く。

これって、とっても明日という未来に対してなにかを託しているような気がしませんか?つまり、未来に対する信頼のようなものがあるからですよね。

友達のひとりがある日こんなことを口にしたことがあります。「また、明日が来るって思うと気持ちが重くなる。」彼女がどんな気持ちでいたのかわかりませんが、そんな風に思うこともあるかもしれませんね。それに、彼女は・・・

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人生には大切なことが二つある・・・

今日は「9・11」

全世界を震撼とさせた事件が起きた日です。

これほどとは言わないまでも、人生にはさまざまなことが立ち起こります。

これからおしする「ものがたり」は二人の女性が人生半ばを過るまでのさまざまな出来事を通じて、自分にとって大切なことを見出していった軌跡なのです。

「人生には、しなくてはならない大切なことが二つある・・・」 

それはいったいどんなことなのでしょうか? 

明日から堂々の連載です!!  

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天鈴花は・・・

このブログのライターである「天鈴花」は次のようなことをしています。

京都三条御幸町に「京都三条ラジオカフェ」という、日本初のNPOコミュニティFMラジオ放送局があります。

そこでこのブログとリンクする「天鈴花のなんくるないさぁ~」という番組を放送中。天鈴花が沖縄や各地で出会ったひとびとや出来事から学んだことから、生きていく「智慧」を語っています。

http://podcast.radiocafe.jp/

また、「鎮魂」が人生のテーマである天鈴花はこんなこともしています。

ご関心のある方は是非ごらんになってください。あなたの人生の「Happy」と「Success」へのお手伝いをさせてくださいね。

http://www.fujimusume.com

P7060055_2

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京都に移動してからいろいろなことが・・・

子育てと仕事をして30有余年。末息子が琉球大学に入学したのを機に「子育て卒業宣言」したわたしは、ご縁あって京都に移動しました。

なぜ京都かって?実はわたしにもこの流れがよくわからないのです。どうしても京都でなきゃぁって思ったわけでもないのですが、どうしてか京都になってしまいました・・・・・。

関東人のわたしにとって、京都から先は「関西」というひとくくりの世界でした。でも移り住んでみると京都と大阪では完全に異なる世界だったのでした。

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「しあわせ」の見つけ方あります

「しあわせ」ってなんでしょう?勝ち組になってお金持ちになることでしょうか、それとも・・・?

「しあわせ」って何をさすのかは分かりませんけれど、誰しもが一番欲しいものはきっとこの「しあわせ」というものなのではないでしょうか?

一概に「しあわせ」といってもひとさまざまです。ですが、誰かがきめてくれたような「しあわせ」はホンマモンではありません。

それに「しあわせ」は青い鳥のように、なぜかいつのまにか手の中から零れ落ちていってしまうこともあります。

それでも、あきらめないで・・・

さあ、「しあわせ」を見つける方法を手に入れにいきましょう。きっと、人生「なんくるないさぁ」(きっとどうにかなるものですよ)!!

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