おバァ達のやまとぅへの旅②

Pb070031 夜神楽見物をしてから帰宿すると、すでにぐったり。

既に寝付いているおバァ達は、お鼻を楽器にして演奏を始めている。さすがに76歳と68歳だもの、朝6時半ころの飛行機で沖縄から福岡まで飛び、そのまま高速で熊本経由で高千穂へと移動、数箇所の神社をお参りして・・・となると、疲れていないはずはない。

だがしかし・・・。翌朝には、5時半起きして、ご来光を拝みにいくというではないか!!

朝一番のお仕事が、ご来光を・・・とは、さすがにおバァ達、考えることが違うなぁ~。温泉にでも浸かってっていうのと違うんだわ。

だがしかし・・・、朝子さんは「国見が丘?知っているさ~」といって、おもむろに走り出したのはいいけれど、「あれ、こんな景色だったかねぇ~」とのたまう。そういわれても、たった一枚の絵地図しか手元には無く、また、カーナビも入力がなんともおぼつかない。

Pb080068 カーナビはこうだから困るんだよね。ヤッパリ、地図が一番さ・・・、と見当をつけながら何とか辿り着きました、そこは・・・「国見が丘」。

早朝であるにも関わらず、すでに沢山の車が止まっている・・・。でも、早朝だから来ているンですけどね。それ程有名なポイントらしい。老若男女を問わずおよそ80人位はいたかしら?もしかしたらそれ以上?

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おバァ達のやまとぅ(大和=日本本土)への旅

沖縄のおバァ達から「高千穂へいこうねぇ~」と突然のお誘い。

Pb080070 「いこうねぇ~」っていうことは、行かなくてはいけないことを意味するんだ。

うぅ~ん、と迷う暇も無く、「11月の7、8日よぉ~」と一方的に話が決まる。

「はいはい」 おバァ達は強いさぁ~。

Pb080054 というわけで、急遽高千穂~熊本への旅のお供をすることに。

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浄土はやっぱり西?

さても、連休の中日の今日は西山にでかけることに・・・。京都の乙訓といわれる地域に始めて足を運ぶことにしました。

Sh010040
「長岡京」という都があったことはご存知のことだと思います。京都の西にあり、(だから西京区?)平安京の前に避けた旧都。大阪と京都を結ぶ軸の中心にあるそうですよ。

阪急特急に乗っておよそ20分、長岡天神駅でおりてからバスで15分くらい乗ったでしょうか、「奥海印(おくかいいん)」というバス停で降りて、そこからは徒歩でまずは楊谷寺を目指す。

というか、なんでもこの連休あたりに、楊谷寺のあたりで「いとこ汁」を振舞っているという情報があったので、その「いとこ汁」なるものを食べにいったということなんですけれどね。

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バスから降りたのはわたし達ともう一組のカップル。かれらはトレッキング姿だったけど、わたし達はその辺をお散歩でもするようなイデタチ。駅前の観光案内所では、「小1時間歩きますけど、いいんですか?」といわれたように、延々と山道(でも、舗装されてます!もちろん)が続いている。

でも、竹林がずっとなので、嵯峨野のような雰囲気でなかなかよいです。観光農園をしている地域のようで、竹林もきれいに手が入っていましたよ。

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とても古い竹林らしく、竹の根がらみが土を支えていて、しかも苔むしているという。竹には親竹という竹があるようで、その竹を大切にという看板も立っていました。孟宗竹の太いの何のって・・・。京都に朝取りの竹の子を売る季節があるけれど、こんな感じの竹林から掘り起こすんでしょうね。もっとも、朝取りの竹の子って、孟宗竹の竹の子よりずっと小ぶりだけど、あれはなんていう竹の子なんでしょうね。

このつづきは、また明日!

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母の日を前に、母が逝った・・・

母が逝った。

4月の末に一度倒れてから、数週間した5月4日の早朝、お世話になっていたグループホームの施設長や奥様に看取られて、母は85歳の生涯を閉じた。

4時に京都の自宅でわたしは目が覚めていた。なんとなく母のことを思いながら早朝に目が覚めたことを恨めしく思っていた。

5時半ごろ電話が鳴った。

「少し様子が・・・」お世話になっているグループホームの施設長の声がわずかに狼狽している。

すぐにわかった、母が危篤なのだ。

「すぐに帰ります」

わたしは程なく新幹線に飛び乗った。

だが、母は電話の後、ほとんど眠るように逝っていたのを知ったのは、グループホームの母の居室に着いたときだった。

母は既に手を胸の前に組み、両のまぶたは閉じていた。

初めて母の顔を見たような気がした。

あんな顔を今までみたことがない。はじめて、「荒井弘子」という女性の顔を見たような気がした。

わたしが知っていたのは、母親としての荒井弘子さんだった。

でも、目の前に横たわっているのは、わたしの今まであったことのない、一人の女性としての荒井弘子さんだった。

「わー、きれい」

思わずわたしは声を出してしまった。

母はこんな顔をしていたんだ。

本当にびっくりした、そんな、今までわたしが見たことの無い顔を残して、母はこの世を去っていた。

母親や妻としての役割を、わたしの知っている顔でともかく必死に生きてきたのだと思った。

でも、最期はやっぱり、「我が侭」で逝ったんだな・・・。お疲れ様でした、そしてご苦労様でした、荒井弘子さんという魂の方。「ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・」と夜中につぶやいていたのは、あなたからのこの世への感謝のことばだったのかもしれないね。

母を看取ってくださった、「我がまゝ荘」の紫藤和夫施設長、奥様の克子さま、そしてグループホームの介護職員の皆様、本当に有難うございました。

皆さまのおかげで、母は人生の最期を「笑み」で迎えることが出来ました。

このご恩は決してわすれません。

有難うございました。   合掌

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雪かなり晴れ

新年になってから貴船さんにお参りしていなかった。

昨日は早朝から出掛けるつもりだったが、二度寝をしたら7時半になってしまったので、あわてて出掛けることに・・・。

出町まではよかったのだが、松崎あたりに行ったら「ええっ!ゆ・雪??」

遠くに見える貴船の山々には薄くもやっている。ああ・・降ってるなァ~。

いちおう完全防備スタイルで出掛けたのだが、さぶいだろうなァ・・・。

090124_102001 案の定駅を降りるとさっそく雪模様。

でもでも、歩いていくとお日様でほっかり。

空は青空、でも、ところどころにある雪雲からは雪の便り。

降りしきる雪がお日様の光のなかでえもいわれぬ美しさだった。

うつくしさのなかにおわします何物かにしばし見とれる。

丁度その時、沖縄の友人であるRさんからの携帯電話。今は福岡に帰省していると。

090124_102601001 彼女はおそらく神高いひとなのだが、それを認めようとしない。今は「躁」状態にあるという。沖縄にいるときは「鬱」。「場所がかわると心も変わるのかしら・・・」と語る。

そうね、そうねぇ~と答えながら・・・「あなた、ちゃんと「神道」を歩るいたらいいさァ」とわたしもこころで思う。

だって、ほらこうしてわたしとあなたはリンクしているじゃない?今、わたしは貴船の神さまの前にいるのよ、あなたの立つ場所を探さないとね・・・と思いながらも、「また春に沖縄に帰ったときには元気になっているからね」という彼女の声に「そうね、また春になったら沖縄に行く090124_105501001_2 から、会おうね~」と約束するわたし。

この雪のうつくしさを彼女も美しいと思ってくれるに違いない。「わたしにも雪景色が見えるようよ~」と、いつになく明るい声で彼女は答えた。

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中城へ・・・

2月下旬に琉球朝日放送で「ごほうら貝」関連の生番組をするそうな。

P6220038 「ごほうら貝」といえば・・・そう、「赤椀の世直し」

名護先生の「邪馬台国総合説」とあいなるのであるが、その名護先生が出演する番組の事前収録で、浦添グスク~中城~玉城~ミントングスクと移動しつつ撮影クルーが先生について動いている。

その一行とご一緒に今回は廻ろうということで、中城を目指す。

↑ゴホウラ貝とスイジ貝を手にして説明する名護博先生

ここまでくると、もう空は晴れ渡り、朝の曇天などどこかへふっとんだ。

ひさしぶりの中城はいつもの通りに美しい姿でわたし達を迎えてくれた。

なだらかな稜線を画くグスクの石組み。かつてのひとびとがどんな風にこの石積みをしたのか創造すると、かぎりない人間の可能性を感じることができる。

中城のある場所は、南シナ海と太平洋が合流するポイント。

200820081228_025 せいせいと広がる大海原に太陽の光が照りつけ、まるでそこにスポットライトが当たっているように見える。潮の流れがそのままに、光の中に軌跡を見せてくれている。

なんとも美しいではないか~!

その中城の中にはいくつものウタキがある。このことから、戦いの為のグスクではなく、王たちの儀礼の場であったことも予想されるそうな。

200820081228_027 その中でも、「チゲーウタキ」というウタキがあるのだが、何を持って「チゲー」であるのかを名護先生は説明してくださった。

「チゲー」とは「着替え」であるという。

では、何を着替えたか・・・。それが問題だ・・・。

↑石垣の上から見た「チゲーウタキ」の中。 余りよく見えず判りづらいのですが、輪郭がゴホウラ貝の形になっています。中心部に主要な石がおいてあり、右の方に角のような形で一すじの人為的な石積みが張り出して作られています。

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為朝岩

浦添グスクでのセレモニーが終わると、参加した人々は三々五々家路に・・・。

でも、わたし達は何かものたらず、互いに顔を見合わせて「そこ」へ向った。

今では立ち入ることが出来ないようにロープが張られてしまっているが、参加者の目を盗んでそれを突破。「為朝岩」を見に行くことにする。

お天気であれば、久高島から昇った朝日がこの為朝岩をさらに登る光景が見えるはずだ。

200820081228_024 あいにくの曇天ではあったが、それでも海の向こうにはかすかに久高島が見えている。

だとしたら、「為朝岩」を拝まぬ手はない。

200820081228_020ということで、龍画家のかとう順子とわたしは、その岩を見るために草で覆われた細い道にもぐりこんだというわけなのだ。

この岩がなぜ「為朝岩」といわれるかといえば、それが「烏帽子」のように見えるからだと言う。

「烏帽子→為朝」という発想になるのだろう。たしかに、「にゅにゅっ!」と聳え立つ岩は、烏帽子にみえもする。

そもそも沖縄には、鎌倉時代に島流しになった為朝の船が遭難して、沖縄まで流れ着いたという根強い伝説があるくらいだから、「烏帽子→為朝」というのは極めてシンプルな発想といえる。

その為朝が後の舜天王の誕生に関わってくるというわけなのだから、沖縄と日本(いいかたがへんかな?)の深いつながりがありそうだというのも、こういうことからも見えてくる。

ところで、わたし達のいる場所は浦添グスクのある山の突端。その場所と「為朝岩」の間の空間を占めているのは沢山の木々たちだ。

人びとの住む家もその昔にはこれほどなかっただろう。今ではコンクリートでできた家が所狭しと立ち並んでいる風景になっているが、かつて、この風景にはおそらく緑につつまれた空間に、この岩が地上から天に向けて突き立っていたに違いない。

今ではこの「為朝岩」は、民家や大木となった木や草むらに阻まれて、その全貌を垣間見ることはできないが、きっと大昔には、本当に「烏帽子」に見える姿でこの地に置かれていたんだろうな~。

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冬至の日までちょっと後戻りしますが・・・

去年の冬至の日に沖縄へ赴いたわたしは、当日は4時半起きして浦添グスクへ。

200820081228_009 毎年、浦添市のまちづくりの会が主催する「冬至まつり」に参加するためでした。

冬至の朝はあいにくの曇天。残念ながら朝陽を拝むことには相成りませんでしたが、サンシンや古典舞踊、そして空手が奉納されました。

まだ薄暗いうちから50人近くのひとたちが浦添グスク公園にあつまっています。

200820081228_005グスクの頂上までつづく道には、会の方々の気遣いで暗い中でも歩けるように、発光リングが置かれ、まるでその灯りに誘われるような気分でわたしも辿り着くことができました。

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遅まきながら・・・あけましておめでとうございます!!

11月1日から原因不明の体調の悪さで、かなりの期間をぐずぐずと過ごしていました。

でも、でも、もう大丈夫!やっと復活です!!

200820081228_043 それに、今年はわたし、「年女」ですっ!年末には松尾大社に出かけて、例年の絵馬を激写してきましたゾ!

朝一番でいったのですが、棟梁さん達が気ぜわしそうに新年の準備をされていました。

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すっかりさぼってます

なんとなく忙しいのと暑いのをいいわけにして、さまざまなことをサボっているのです。

このブログを読んでくださっている方々、ごめんなさい。

宮古島のこともUPする気力もなく、ほとんどグータラの日々。これではいけない・・・!と奮起しようにも「あ゛づい゛・・・」の一言に尽きるのです。

クーラーは嫌いなので極力つけないのだけれど、さすがにそれでは夜眠れない。で、夜だけつけているのだけれど、そうすると喉が痛くなり、体の調子が悪くなりどうやら夏バテ??

気力体力ともに減退。かといって、食欲もそうそうあるわけでもなく、ほそぼそと暮らしております。

Sh010245 ということで(どういうわけだかわからないけれど・・・)、せめて・・・、宮古島の風景を・・・。(と、何度も同じような言い訳しています)

←西平安名崎にて・・・

昨日は松栄堂のお香を燻らせて、まったりと気をとりなおそうとしましたが、いかんせんこの温暖化の影響か、マンション自体が暖められていることや隣のマンションの照り返しで、部屋の中もまだ31度あり、体が休まりません。

皆さまもどうぞご自愛のほど・・・。

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宮古島から帰りました!!(^o^)丿

Sh010209ただいま~!!帰京しました。

一年ぶりの宮古島でしたが、一年行かなかっただけで宮古島は様変わり・・・!びっくりしたこと連発。

たった今帰宅したばかりなので、また追って宮古島報告をUPしますねぇ~。

Sh010282 でもひとつだけ・・・、那覇空港で平田オリザさんを見かけましたよ~。

彼の主宰する「青年団」という演劇グループを皆さんご存知ですか?平田さんはとても不思議な舞台演出をする方ですよ~。

肖像権のことが気になるけれど、有名人なので・・・平田さん、ごめんなさい!

平田オリザさんとは、教育運動「BASIC」の合宿でお世話になったことがあるんですよ~。山梨県勝沼にあるお寺での合宿でしたが、その時も不思議なトレーニングをしました。

今では懐かしい思い出になってます。

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宮古島へ・・・

なんと!!一年ぶりの宮古島にあしたから行ってきまぁ~っす!

Dsc_0185 ←いつものお宿「マリンロッジマレア」

楽しみです・・・ダイビング・・・といいたいけれど、これ、夫孝行なんですよね。

大変な思いをしながら海に潜るなんて、わざわざそんなことしなくても・・・と思うのですが、どういうわけか我が夫はダイビングにご執心。

Dsc_0232 宮古島からレポートしたいのですが、すみませんPCを持って行けないので、このブログもしばらくお休みで~っす。

←トライアスロンのスタートポイント、前浜。きれいでしょ~?!

4日には帰ります。また宮古のことUPしますので、よろしくっ!!(^o^)丿

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祇園祭 現地ルポ (宵山)

あっという間に宵山となってしまった。

↓四条通は人の波Sh010092 

今日も仕事の帰り、四条で降りて歩いて帰宅。人ごみにすっかり当てられて辟易し、はたまた家に着く前に、ビールを飲んでしまうなどというモロ親父モードに突入。

すっかりいい気分になって、シルクのストール(柿渋で染めたヤツ)を買ってしまった。うう~ん、よかったのかなぁ~。

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祇園祭 現地ルポ (宵々山)

今夜は祇園さんの宵々山・・・だというのに、梅雨明けの(?)夕立で外は雨。

Sh010089 ところが、そのワリには人出はたいしたもんだ。浴衣姿の人が沢山でている。こういうときには雨は余り関係ないらしい。

仕事帰りに四条で地下鉄を降りて、歩いて帰る道すがら、いくつかの山や鉾を見て歩いてみた。

←長刀鉾も雨に煙っている・・・。

さすがに灯りがともるとこの世とは思えないほどの幻想的な風景と化す。もちろん、沢山のSh010091 人は出ているに違いないのだが、あまりそうした人波は気になることも無く、山や鉾に憑くだろう神さんのことに思いを馳せる。

そんなこんなで、今日もまたビールを飲んでしまったのだ~。明日も仕事だというのに・・・いかんいかん・・・。

←遠くに見えるは・・・「鈴鹿山」なり・・・。

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奉納稽古

「夏越の祓え」の今日、初の奉納を体験した。

ところは、大阪府高石市羽衣にある、「大鳥羽衣濱神社」という神社。

両道入姫神(フタジイリヒメカミ)という聞きなれない姫神さまがご祭神という。昔は浜であっただろうという感じは境内脇の駐車場にある大降りの松が潮風に吹かれて傾斜しながらも耐えて生えていることからもイメージできる。

古式ゆかしそうな神社ではあるが、その故事来歴は全く伝えられていないという。古文書等も一切残されていないようであるが、ご神木を見ると大変立派で、かなりの歴史を持つらしいことくらいは容易に見て取れ、神々しくもある。

こうした神社で、わたし達4人は初の奉納稽古をさせていただいた。

メンバーは・・・舞:ミナルさん 謡い:さっちゃん&わたし 太鼓:りえさん

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夏越の祓え

明日は「夏越の祓え」。

Sh010011 一年の半分を過ぎたこの時期に、その分の穢れを祓うというものだけれど、夕べ見た夢に導かれるが如く、今日は朝からお参りモード。本来ならば明日でかけるところだが、明日は重要なことがあるので、今日ということになったのだけれど・・・。

ということで、今日は「松尾さん」の日となりました。

貴船さんの「夏越の祓え」の「茅の輪」

ところが、深夜からの大雨、いかがしたものか・・・と思いつつ、かつての「アスムイ」で出会ったおバァたちのあの心意気を思い出して、雨が降ろうと槍が降ろうといかなきゃ~と気を取り直して行ったと言う事なのです。

この間の満月には、貴船さん。鬼門を守るお山です。そして、今日はまあ、都の裏鬼門にあたる松尾山へのお参りとなると、気も引き締まろうというもの。

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入鹿・・・そして・・・守屋

橿原神宮へ向うバスの車窓から「飛鳥寺」の文字を見つけ、急遽下車。

ここは日本最初のお寺とのこと。

080524_143901 なんと今年はその飛鳥寺の本尊である飛鳥大仏(金銅丈六釈迦如来像=日本最古)が開眼されてから1400年に当たるとか。

「め~っけ(み~つけた)!」とこの仏像と出会ったのがそうした記念すべき年とは、これまた奇遇・・・と気をよくして、拝観。

規模は確かに小さい。仏教が大陸から伝えられ、初めてこうしてお寺が建立されたということがひとの営みと言うサイズで感じられる。

だが、それは違っていた。かつてはここに大伽藍が建立され大きな大きな都の要であったようだ。その大伽藍も大火で焼失、一部は都遷都とともに移築され、最終的に残ったこの寺も再建されたものとのこと。

建立時は脇侍のある黄金色の釈迦三尊像だったが、いまや往時を偲ぶものは唯一この金銅仏(黄金は大火で解けてしまい、銅の本体だけ奇跡的に残っている)のみらしい。

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飛鳥寺で・・・お~っとぉ~!!

太子の湯から出るとそぼ降る雨。温まった身体にひんやりとした空気が心地良い。

しばらくすると村内を経巡る「亀バス」が到着。勢い高松塚へ・・・。

高松塚古墳は資料館などを含め、一体が公園になっている。ひろびろとした風景はどこかに似ていた。よく考えると・・・奄美大島の何とかイウ公園に感じがよく似ている。ふと奄美の光景が目に浮かぶ。

だが、ここはヤマト。奄美であるはずは無いのだが・・・太古の昔、ヤマトと南西諸島のつながりがあったということをふと思い出し、共通する香りを感じる。

080524_135201 そして・・・

高松塚古墳へ・・・。

レプリカのある資料館はこじんまりとしたところで、何となくほほえましいサイズでほっとする。

巨大なスケールで展示されるより、このほうがずっといい。

高松塚古墳はグランドシートで囲われ、肝心の古墳の様子はわかりようも無かったが、丘陵地を利用した入り口の感じは見て取れる。

高台にあったと思われる高松塚古墳、今でも墓地は高いところに作られることが多いが、太古の昔も慰霊には高さが必要だったのだろうか・・・?

そんなことを思いながら・・・はて、次はどうしたものか・・・と思いつつバス停へと戻るのだ。

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新月の日には

4日の昨日は「新月」だった。事始めの日。

ということで、貴船神社と今回は鞍馬・奥の院まで出掛けた。

貴船の小山は美しい緑で溢れていた。紅葉の若葉色の何と美しいこと。こうした自然をなんとか次の世代に無事に手渡したいとこころから思う。

貴船に入ると森の匂いにつつまれてとても気持ちがいい。木々の出す天然の波動がきっと何んらかの治療的な効果を示すのだろか。

06040001奥宮にある紅葉の大木の根元にある大きな石の上に、こんな不思議な(でもないか・・・?)お供えが。

落ちてきた葉っぱに、朝露だろうか、まさに「水玉」をお供えしているかのごとく・・・。自然はイキな演出をするものだ。

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太子の湯から高松塚古墳へ

亀石の風景をこの目で確かめているうちに、にわかに雨模様に・・・。

いかがしたものか・・・と思いつつ、バスの窓から見えていた「太子の湯」を思い出す。歩きつかれた体をちょっとだけ休ませようと、畑道をショートカットして、急遽立ち寄り湯をすることに。

「太子の湯」というからには、聖徳太子に関わりがあるに違いない。確かに近くには太子建立とされる「橘寺」がある。

聖徳太子といえば、そう、蘇我馬子らとともに物部守屋を倒した側。張本人は蘇我馬子だが、太子が後ろ盾であったことには間違いない。

うう・・・ん、はたまたいかがしたものか・・・。

そうはいっても、今のわたしにはお休みが必要、とわけのわからない脈絡で、勢い太子の湯へドボン!!

「ああ~、いいお風呂。」

しかも、お風呂の中にはTVまで設置されていて、ゆっくりはいれるようになっている。でも、お風呂に入りながら何もテレビまでみなくてもいいんじゃない?お風呂に浸かっている事がゆっくりなのになぁ~と微妙な気分。

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そういえば・・・亀石ってあったよなぁ~?

天武・持統天皇の御陵から道へ戻り、さてもいかがしたものか・・・と思っているのだが、遥か先の標識に「亀石は左折、車に注意」の文字が・・・。

080524_091401 そうだ、この近くにあるのなら、飛鳥資料館で見たあの「亀石」を見に行こうと、早速歩き始める。

歩道の無い細い道を車と一緒に歩きながらゆるりと坂道を登るが、そんな石は見当たらない。

道の向こう側で垣根の草取りをしているおじいちゃんに声をかけると、右手北の方向に10分ほど歩くとあるとのこと。

ほ~、そうかそうか・・・。

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天上の虹

『天上の虹』という漫画がある。里中真知子さんの作品で、持統天皇の物語だ。

持統天皇と言えば、そう

『春過ぎて 夏来るらし白妙の 衣干すてふ 天の香具山(万葉集巻1雑歌28)』

のあのお方。

080524_105301 なんと!(言いたくはないけれど)わたしと同じ58歳で没している。

さて、飛鳥村内を周回している「亀バス」に乗り、石舞台から次なる場所「天武・持統天皇陵」へ。

道を挟んで向こうに見えるこんもりとした丘のようなもの。それが御陵だが、よく見るとその裾には畑が耕され、なにやら人影が・・・。

この御陵は盗掘にあい、中を確認することが出来ているため確実に「天武・持統天皇」の御陵というそうだ。

こういったことを考えると、盗賊どもは後の歴史に貢献(っていうのかな?)しているともいえる。万事『塞翁が馬』なのかも・・・(?)

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ああ・・・教科書で見た「石舞台」が目の前にある!!

小学校から高校あたりまで歴史の教科書に欠かすことなく(多分)出てきていた「石舞台」

080524_100601 そう、蘇我馬子の墓と言われている例のヤツ。

飛鳥村村内には「金バス」というのと「かめバス」というのが走っている。村内をわりと頻繁に走り回っていて、意外と村内は移動に便利なようになっている。

そこで、さっそく「石舞台」方面へ走るバスに乗り込み、いざゆかめやも・・・。

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あららら・・・こう来たか・・・!

080524_080101 飛鳥資料館であっという間に壁画と対面できたのはいいのだが、何せあっという間の出来事ゆえ、その後をどう過ごすかが問題になった。

というのも、最終日前日のことゆえ恐らく長く待たされるだろう・・・と踏んで、一番列車に乗って行ったのはよかったのだが、思いのほか早い時刻の入館とあいなり、肩透かし状態となったわけなのだ。

大いに読みが違ったことになる。

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男根??

朝早くに明日香村に着いてしまったわたしは、さっそくバスに乗り込み飛鳥資料館へと行き、あっという間に壁画にご対面した訳なのだが、いかんせん気が抜けるほどの「楽勝」見学だったものだから、朝飯前仕事となったということのだ。

再入館と言うわけにもいかず、写真展示や常設展を見たりしたものの、そんなものはすぐに見れてしまい、外に出るしかない。

ここはかなりの肝いりの資料館らしい。庭はよく手が入れられていて美しい。また、明日香村に点在していた石の像がまるで近代美術作品のように据えつけられている。

080524_091301 中でも目を引くのが男根のような塔である。

どうやら須弥山に見立てた噴水の装置(!)らしいが、どうみても男根だ。古代のひとびとはおおらかだったんだなぁ~、いやいやひとと言うものはそういうものなのか・・・などと想像をたくましくしながら、そそり立つその男根、いやいや、塔をまじまじと見たのだった。

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キトラ古墳と高松塚古墳

  080525_065701        行ってきました、「キトラ古墳壁画12支」の公開展示。

25日が最終日だから必ず人が押し寄せるだろうということ、24日はお天気が悪そうだということで、24日は絶対に穴場と勝手に決め込み、一番列車(地下鉄だけど)に乗って、行ってきました明日香村。

朝4時半起床。気もそぞろに出掛ける支度をし始めるが、今朝のお作法はお休み。気もそぞろでも毎朝のお作法をちゃんとした方がよいと思いつつ、「ま、いっか・・・」とおサボり。ごめんなさいわたしの「something great」さまたち。

急行080524_075201 橿原神宮行きに乗り、1時間10分ほどで橿原神宮東口に降り立った。駅の改札でバスの一日乗車券をゲット。結局これを買ったことがラッキーであったことが、ほぼ一日明日香村を過ごしてから分かるのだ。

いずれにしても、人がたくさん出てくる前に飛鳥資料館へ行かねばならぬ・・。とはいえ、なんとしてもバスが来ないことには自力では辿り着けそうにもない。レンタサイクルの店も朝早くには開いてない。しかも空はどんよりとしている。

まあ、レンタサイクルよりバスがよかろう・・・とフンではみたものの、バスは一体いつくるのやら。事前にインターネットから取り出しておいた資料によればあと10分ほど待てば来るとはおもうのだが、なにぶん見知らぬ街のこと、本当にバスはくるのだろうか・・・?ちょっとだけ不安がよぎる。

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いやに目に付く・・・

地下鉄の中吊り、近鉄の中吊り・・・もろもろの公共交通機関の中吊りにいやに目につく3つのカタカナ文字。

「キトラ」

うう・・・、行きたい!!

Tora_sen_3 週末が公開ラストデーなのだ。きっと混むんだろうけれど、行きたいよぉ~。

そうだ、「キトラ」行こ!って調子で行ってみようかなぁ~。

「公開までに1300年かかりました」・・・ってキャッチフレーズだった。

1300年の眠りから覚めさせられていい迷惑なのだろうけれど、文化庁さんのちょっとした不手際によって、日の目を浴びることになったこれらの描画。

折りしも今年は「子」年。

その年に「子丑寅」が公開されるということの不思議なご縁。

天も粋なことをされるのだ。

やっぱ、行ってみよぉ~っと!

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葵祭

そういえば今日は葵祭の日だった。と気づいたのはついさっき。

アルバイトの帰り、阪急の改札口ちかくに「葵祭」のポスターを発見!

「そういえば今日は15日だったなぁ~」と思い出し、「そうか葵祭ねぇ~」ということで納得。

でも、15日といえば百万遍の手づくり市の日でもある。今日あたりは絶好の観光日和。さぞかしや百万遍あたりはごった返したことだろう・・・。

人いきれと言うか雑踏の中で手づくり品を選ぶのも至難のワザだ。それでもいってみると必ずと言っていいほど何かを手に入れたくなる。

欲望がそうさせるのか、その場がそうさせるのかわたしにはわからないが、それでも大勢の人はそれぞれ吟味したものを手にして、顔はにこやかに戻っていく姿がたくさん見かけられる。

ひとがたくさん出ているのを見ると、この世の暮らしを思う。

日々の暮らしのなかでこうして交流をすることはほとんどないに等しいが、こうした仕掛けがあれば、交流が生れてくる。

「市」とはこうした交流の場でもある。ひとと人とが出会い、そしてひとと物とが出会う。そこにはある意味での信頼をベースにした行き交いが生じている。

いつものようにいつものものを手にするその人は、きっとそのものを通して売る人との交流を続け、そしてまたそのものを手に入れに、そこへ赴くのだ。

目の前には見えない相手を、目の前にある見えるものがつないでいる。

ところで・・・、いったい「カミ」と「ひと」とはどのようにして繋がっているのだろうか・・・。

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周縁

毎月1度なのだが、大学院生たちの研究会に入れていただいて、それに参加している。

その名も「宗教臨床研究会」。耳慣れない会の名前だけれど、内容は実に濃いのだ。

彼らは心理臨床に携わりつつ、現役の大学院生として学んでいるわけだが、その世界でも特に周縁に住む人たちに関心をよせているメンバーたちでもある。

周縁、これも耳慣れない言葉だ。

Pb250676 いってみれば、それはマージナル、つまり隅っこに追いやられたひとびとのすむ世界とでも言ったらいいかもしれない。そして彼らはそこへの眼差しを持ち続けているといえるメンバーたちと言ってもよさそうだ。

彼らはそうしたマージナルマンたちに関心を寄せ、心理臨床に訪れるクライアントと呼ばれる方々の歩みに同伴している。言って見ればともにマージンを生きようと覚悟を決めている人たちなのだとも言える。

心理臨床にあると、クライアントと言われる来談者たちの語りに所謂宗教というのではないのだが、個人宗教のような香りを感じることが多いのだという。

その意味でわたし達は個人の宗教を生きているといってもよさそうだ。生きる上での自分の原理に従って生きているということは、つまりその個人の生きざまそのものが宗教性を帯びているといってもよいのかもしれないのだから

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お掃除

一燈園というところが京都にある。詳しいことはインターネットHPに出ているのでご覧になってほしいが、そこで生活する人たちをときどき京都市内で見かける。

ごく普通の人たちだが、他の人と変わっているのは左手にバケツを抱えているところだ。

そう、バケツでおトイレの掃除に歩いているのが一燈園のお仕事。お仕事というか「六万行願」という修行とのこと。

西田天香ご夫婦で始めたこの修行、そうした活動を通して争いの無い暮らしをめざし、しいては世界平和へ繋がるよう、その活動自体を「祈り」としているということのようだ。

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御霊神社へ行きました

今朝は二度寝を久しぶりにしてしまった・・・。

そういうときに限って何かが生じる。

今朝もそうだった。一度は5時半に起きたのだが仕事が無い日はどうも「まいっか・・・!」とうたた寝状態になるのだ。これがいかん!!

そうしていると・・・これは寝ているわけでもなくだからといっておきている状態でもない、つまり半覚醒時なのだが、ちょっとしたことが起きた。

ム・ム・・。何とも説明の仕様が無いのだが・・・。事は起きたのだ。

Sh010060 そこで、「そうだ!今日は御霊神社だ!」とぴっしりと行方を定め、いざいざ出陣とあいなった。

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アスムイの頂で

なにせすごい勢いで登り来るおバァたちだから、わたしもすっかり急ぎ足となる。

Grp_0049 こうして磐肌を見つめながら、何も考えずにタダひたすらあの頂をめざしているのだ。

しかも今日はかなり怪しい空模様。とはいえ、すでに登り始めているのだからともかく辿り着かないといけないのだ。

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かわいらしいおバァたち

カミンチュウらしいことはわかったが、それにしてもこのおバァたち、いったいどういう連中なんだろう・・・?

恐らく、いやきっとカミンチュウだとは思うのだが、佇まいがどことなくおかしげで、笑える。

第一顔つきがいい。

最初に車のことでちょっとした辛口の発言があったときには、ひとりのおバァの顔はこわかったぁ~。すっかりその顔におびえてしまっていたわたしなのだが、おバァの言い分もわからなくは無い。

P3230786 だって、58号線をはさんで向かいにある上り口の駐車可能なスペースに、他の人への配慮の欠片もないようにどっかりと大型の車を横付けしてあるのだから。

おバァたちの言い分はこうだ。

「あんたさ、あんなして車止めたら他の人停められないさぁ、ひとのことも考えなさいねぇ~。」

若いその車の持ち主はさすがに気が引けたらしく、無言でそそくさと立ち去ったのであった。

「あんなして車止めないでサ、縦にとめたらいいサぁ。なんでわからんかねぇ~。」

ごもっともごもっとも、で、わたしもそのおバァたちの車の横に入れてもらえたってわけサ、おバァパワーは有難いわけヨ~。

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アスムイへ・・・再び

「一人では行かないほうがいい」と知り合いには言われたが、やはりひとりでいくしかない。

雨の振る中58号線を北上。

見慣れたやんばるの山々は、まるでブロッコリーのような新緑である。P3230783  

辺土名のあたりにくると、アスムイのある一帯の山々が見えてくる。

まるで観音様の横顔のように見えるのは、こちら側の意識のなせるワザか。あいにくの空模様ではあるが、それでもいかなくてはならない

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下賀茂神社

Sh010002 昨日は小春日和だったので、再びお参りモード。このところいろいろとサボっていたのでその付けが回ってきているのかどうかわからないが、玉依姫さまのお呼びじゃぁ~と、チャリデでかけた。

ほんとにこのところ小春日和で、外を歩くにも苦ではない。鴨川河畔のチャリロードへ下り、一気にさかのぼること30分。下賀茂神社は相変わらずにぎやかだった。

ことに昨日は良い日だったらしく、結婚式やら初参りやらでにぎわっていた。

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雪の貴船

Pa0_0008 急に思い立って貴船さんに行ったのが、先週の水曜日。

朝起きてから急に「今日は貴船じゃ!!」と言う感じになり急遽いくことにした。

ところが、叡山電車に乗って走り始めたら空模様が怪しい。

これはやばいかも・・雪??

で、お山に入ったら、雪景色。しかも深々と降る雪となったではないか。

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アスムイ

Grp_0052 アスムイのウタキへ向かう・・。

岩肌が険しく迫る山道。それをよじ登って行く・・・。

今日の放送を是非お聴きくださいね!!

来週もアスムイのウタキへ向ったことを語ります。

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神界のフィールドワーク 沖縄へ・・・

明日から・・・久しぶりの沖縄。

去年の8月以来なので何だか不思議な感じではあるのだが、ほんとに行くんだ。

しかもおよそ一週間という長丁場。でも、名護先生がいてくださるから心強くはある。多分何とかなるだろう。

それにしても久しぶりすぎて余りピンと来ない。

でもでも・・・行ってきま~っす!

因みに順ちゃんへのお土産は何と!「生和菓子」

危険極まりない選択ではあるが、食べさせたいのだ。 多分、きっと、いや絶対サプライズ!

しかもだ、鶴屋吉信のだぜぃ!

む・ふ・ふ・・・彼女の喜ぶ顔が目に浮かぶ・・・。

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みんなそれぞれに・・・

Sn360386 正月三日から奄美大島へ行ったのだが、今日そのメンバーの一人と街中でばったりと出会った。

なんでも、某所へ行った帰りとか。体調をくずしているのだろうか。

そこで、こないだの奄美後の感想を聞いたら、メンバーの一人と今日あった彼女は体調を崩したらしい。

あの体験を体で噛み砕いているのだろうか・・・?

それにしてもわたしも行っている間に20年ぶりに下痢をした。それも急になのだ。

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放送篇「コマネズミ」

こんばんは天鈴花です。

なんとも時の経つのは早いもので、すでに12月。来年の干支であるネズミの声がかすかに聞こえてきそうな時期になっています。

ところで先日の番組で「数字」のお話をしたこと、覚えていらっしゃいますか?

沖縄では「わら算」といって縄を結んで数を数えていた歴史があるということや、ユタさんたちが大切にしている数字があることをお話したのでしたね。

そしてこのところわたしには、111とか1111とかゾロメの1が続いているといったこともお話しました。

実はそのことに続く出来事があったので、今日はそのあたりからお話しすることにしましょう。

Sn360344

先日、友だちが京都に来たので永観堂に行きました。紅葉狩りと称するお散歩です。

その帰り道、ふと哲学の道をいってみようということになって歩いていきますと、「大豊神社はこちら」という看板に出くわしました。

友だちは「わたしは豊受の大神にご縁をいただいているから」といってその神社へ行きたいといいます。

そこで「それでは行ってみよう・・」ということになりました。

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命日

12月1日は祖父の命日。

Sn360266 本当に久しぶりに祖父のことを思い出した。全くもって仕方のないこととは言え、日常生活上にはあまり登場する存在ではなかったが、ふと1日の朝になって「そういえば・・・」とわたしの想いの上に祖父は登場してきた。

アルツハイマーを生きている母はよく「おじいちゃんが良い人だったから、なんとかやってこれた」と言っていた。

父は政治家活動にご執心だったから、家の中で頼りになったのは他ならぬ祖父だったかもしれない。

祖父が亡くなってからすでに数十年経っているが、こうして何の脈絡も無くわたしの記憶にご登場とあいなったからには、これはお線香のひとつもあげなくてはなるまい。

でもさ、毎朝ご先祖さんにお線香をあげているのになぁ~。足りない??

沖縄には「うがんぶすく」といって祈りが足りないことに対して、ご先祖が請求することがあるそうな・・・。

だとしたら・・・、今日はお線香の本数を足しておこうか・・・。

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貴船は・・・雨だった

いつものとおり貴船神社へのお参りに・・・。ところが外へ出たら、あ・雨ではありませんか!

あ~あ、雨かぁ。でもホンの少しだからまあいいでしょう。と出掛けたのはいいけれど、貴船に着いたらなんと本降り。

Sn360311 靴は濡れるし寒いし・・・・。きっとこんなときには観光客も少なかろうとしかたなくいつもは乗らないバスで山を登ることにした。

紅葉はコトリともしていなかったけれど、こんな静かな貴船さんは久しぶり。森も雨で静かに潤っているみたい。

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沖縄・神界のフィールドワーク 読谷村 (放送篇)

こんばんは!天鈴花です。

先週からスタートした「沖縄・神界のフィールドワーク」、いかがお聞きいただいたでしょうか?

ところで、京都の街にはお寺さんやお宮さんがたくさんあります。そして路地のそこここには、お地蔵さんの祠がありますよね。お年寄りが静かに手を合わせている姿を度々目にすることができます。

Okikawa3_021 同じように沖縄でもひとびとが手を合わせる姿がよく見かけられますが、その風景は京都とは少し異なります。

それでは、早速今日も「沖縄・神界のフィールドワーク」を始めることにしましょう。

わたしが始めて沖縄に行ったのは、地方新聞社のカルチャーセンターでの仕事でした。

その時の受講生たちとは、その後もお会いすることがあり、次第に沖縄でのネットワークができていきました。

Okikawa3_226 その中のひとり、玲子さんともその講座を通じて知り合いました。

玲子さんは九州出身のウチナイチャーでした。ウチナイチャーというのは内地出身で沖縄に移り住んでいる人のことを指します。

若いころ陶芸の世界に出会い、自分の表現に合う焼き物を探し歩き、最終的にたどり着いたのが、沖縄だったのだそうです。

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沖縄・神界のフィールドワーク プロローグ(放送篇)

こんばんは、天鈴花です。日中の暑さや雲の形もさることながら、夜ともなるとほんの少しだけ秋が感じられるようになりました。

Img_1742

さあ、今日は九月九日、そう「重陽の節句」でした。

そこで今日は「自然と向き合う・神行事」ということについてお話しすることにしましょう

ところで「重陽の節句」ってあなたはご存知でしたか?

古来より奇数は縁起の良い数字とされていて、11の元旦、3/3の桃の節句、5/5の端午の節句、7/7の七夕、9/9重陽の節句をもって五節句と呼ばれています。

そして、一番大きな数字(陽の数)が重なるこの節句こそが、平安時代の初期から宮中などで公式に最も盛大に行われた行事だったそうです。

そもそもこの行事は不老長寿や繁栄を願うお祝いだったそうです。「菊」が祭られた事もあってか、菊の御紋章とゆかりがあるのではないかとさえ思いたくもなりますよね。

ところで、平安貴族たちは重陽の節句に「菊の着綿」(きくのきせわた)といって、菊の花にかぶせた真綿で身体をこすり、健康を祈ったそうです。その際、時の天皇が臣下に菊を浸した酒を与えられ、身体をいたわったのだそうです。

さて、沖縄では行事はすべて旧暦で行われ、同じようにこの「重陽の節句」が祝われますが、意味合いは少し異なります。

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人生の納め方にも・・・

夫の兄から「生前葬(?」をするから・・・と連絡が入った。

実行委員会が作られて、兄のその「77記念感謝の集い」なる生前葬を仕切るらしい。

名古屋の中心街にある某ホテルでパーティ形式で執り行うらしいのだが、夫はその案内状に釈然としていない風である。

突然そのようなことがもたらされたときに、大方の場合にはそうすんなりと動けるものでもないだろう。

ましてや、そう合理主義でもないわたしの夫の心情に、少なからず漣がたったことだけは知れた。

「どうする・・・・?」と夫はのたもうたが、どうするったって、どうするのよ?とこっちが聞きたい。

第一「あんたのお兄さんでしょ」といってやりたいが、そうもいくまい。

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お参りモード

今日は沖縄琉球暦によると、「神吉日」丙申である。

夕べから雨模様だったのでどうかなぁ~と思いつつ、目を覚ますと・・・、おっ!何とか大丈夫らしい。

さて、今日はお参りモードであるぞ・・・とやにわに出掛ける気になる。な~んて書くと全くの思いつきのようではあるが・・・、一応日は選んであった。

根拠はないが今日なのだな。普通の暦からいえば、昨日が「大安」なのだから昨日にすれは良いかとも思うのだが、29と言う数字より30かな・・・などと、全く根拠の無いことを根拠に今朝出掛けることにした。

ところが、マンションを出たらあらま・・・、なんとなく雨模様。

ええーーいっ!行くっきゃない。

と言うわけで、雨の松尾さん(松尾大社)にお参りに行ってきました。

Sn360253

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貴船通い(きぶねがよい)

Sn360111 貴船通い(貴船が良い)。さすがに貴船、街なかから比べると涼しい。土曜日なので観光客が多いと思って朝早く出かけたのがよかった。

朝が早いから当然バスはないので、いつものとおり徒歩で奥宮さんまで行く。奥宮さんの前の鳥居から入り、そこの「忍び川」で手水を遣わせていただき、そのまま川の中を歩いて対岸に渡る。

なぜかそうすることになった。おそらく昔は立派な橋などなかったろう。川を渡るって感じに気持ちがSn360095フィットする。

さて、今日行ったら門が修理され始めていた。

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忘れた・・・!!

忘れるということがよくある。手紙を出す、振込みをする、予約をする、・・・などなどキリがないが、よく忘れる。

ご多分にもれず、今日も大きく二つ忘れた。

府立医大にいくこと、そして、傘。Dsc_0194

気が付くのが遅い。年のせいもあるのだろうけれど、きっと注意散漫なのだろう。京都に戻ってまだ二日。まだなんとなく身体がこの場所に戻ってきていない感じなのだ。

府立医大での受診、そして傘、その双方に共通するものがある。

「保護」

身体を守る・・医療、そして雨から身を護る・・・傘。

ああ・・・、わたしはこのシンクロをどう捉えたらよいのだろう・・。

そういえば明日は三隣亡。そしてお月様が半分の夜。つまらぬことを忘れさり、まがまがしきものを打ち払い、歩いていくことにしようか。

それにしても・・・暑い。

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「生きるということ(宮古島篇)」(放送篇)

こんばんは、天鈴花です。

今年の夏はまさに日本列島が南国でしたね。

朝夕の涼しさは、いったいどこへ・・といった感じです。

さて、京都では16日に「五山の送り火」を終えました。

そして「地蔵盆」を終えると、京都の街は夏の終りを告げるということになります。

そこできょうは、今年の夏にあった、ある一人の若者との出会いを通して考えさせられたことについてお話しすることにしましょう。

「生きる」などと言うことばを使うと、さも小難しそうでストイックな印象を受けがちですが、「生きる」ということは、「暮らし」ということにつきます。つまり、「生きる」ということと「暮らし」とは極めて密接に繋がりあっていると言い換えることができそうです。

Dsc_0185 さて、ことしの夏、わたしは沖縄県宮古郡宮古島市に、およそ一週間ほど滞在しました。

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宮古島に行ってきます!!

お月様が太ってきている。

今頃の宮古島はどんなだろうか・・・。様々な意味でいまや沖縄は食い物にされている。団塊世代が大挙して沖縄を目指している感ありというところだ。

石垣島はもうだめだろうというのが実感。本島から抜け出そうとしている沖縄移住組みは口をそろえていっている。

「もう、沖縄はだめさァ」

ああ・・・だけれど、ホントにそうなんだろうか・・・?

だからと言うわけではないけれど、宮古島にいくわたしは少しくらいは希望をもっているのだ。

というわけで、8月4日まで宮古島にいってまいりまァ~っす。

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この世とあの世の境目(放送篇)

こんばんは、天鈴花です。

八月にはいり、旧盆も近くなってきました。毎年のようにどこの家でも盆飾でいろどられるようになりますが、今週も「行きて帰りし物語」をつづけることにしましょう。

さて、先週の「行きて帰りし物語」は、わたしの弟の体験をとおして、この世とあの世には踏み越えることが出来ない、境界線が存在することをお話ししました。

Okikawa_013 今日は宮古島のあるカンカカリヤの体験を通して、その境界線のことを少しお話しします。

そのカンカカリヤとは、数年前にあるご縁で出会いました。

民俗学者の谷川健一先生の書かれた「神に追われて」という本に、そのカンカカリヤのことは詳しく書かれていますが、そのカンカカリヤの、死を賭けた体験にはすさまじいものがあります。

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「行きて帰りし物語」(放送篇)

こんばんは天鈴花です。

祇園祭も終盤に入り、24日はいよいよ還幸祭、つまりお神輿にのって神さんが八坂神社へお戻りになる日なんですよね。

鴨川を鴨川を渡って神さんが一週間の間、御旅所におとどまりになり、三条通りを通られて八坂神社にお戻りになるのだそうです。

そこで今日は、「行きて帰りし物語」と行くことにしましょう。

さて、行きて帰りし・・・というと、えっ??という印象をお受けに成るのではないですか?

そうなんです。行って帰ってくる・・・ってこと・・・です。

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めぐる縁

縁と言うものを感じる。昨日はわたし達のスペース「リレイト」が旗揚げ講演をした。

そしてその前日に河合隼雄先生が逝去された。「リレイト」のスーパーヴァイザーをしてくださっている、京都大学大学院教育学研究科准教授である、皆藤章先生の恩師でもある。

皆藤章先生は特に河合隼雄先生の後期の思想を受け継ぐ「語り部」として存在する貴重な存在であり、河合先生が創設された「臨床教育学」という学問においても、第一人者でいらっしゃる。

その河合先生が、「リレイト」の旗揚げ講演会の前日に亡くなられた。一瞬、明日は大丈夫だろうか・・・などといらぬ心配をしたものの、不思議なシンクロニシティというかご縁を感じざるを得なかった。

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やっぱりいそがしいのはイカン!

仕事をしない生活を始めて4年経った。仕事をしないストレスというのも味わった。で、やっぱり仕事をしたい・・・・!と内心叫んではいるものの、京大を修了してからこのところ、たいした仕事もしていない。

最近になって友人が「親子をつなぐ学びのスペース」を始めたので手伝うことになってから、にわかに忙しくなった。

そして、京都三条ラジオカフェ「祇園祭フラッシュ」の取材・原稿書き・お勉強と・・・、いっそがしい~!毎日になってしまったみたい。

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夏越の祓え

今日は6月30日。小さい頃は「胎内くぐり」といっていたが、夏越の祓えの日だ。

ということで、今日は朝早くに家を出て貴船さんに行ってきた。 夏を迎える貴船の山々は美しい緑に溢れていた。

Sn360140 わたしは大抵奥宮さんにいくのだが、今日は本殿も参拝した。

本殿は檜の香りがたち、とても美しい。わたしはいつもは奥宮さんだけに寄って帰るが、夏越の払えでもあるので、今日は本殿にも立ち寄ったということなのだ。

本殿に上がる前の階段のところには、所狭しと短冊が笹にくくりつけられていた。

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祇園さんの気配がする

梅雨だというのに毎日がなんとなく晴れているような・・・、曇っているような・・・。でも、だから梅雨なんだよな。

うっとうしい毎日で部屋の中もなんとなくじめっとしている。でも、ベランダのセロームちゃんは今年は元気だ。5枚も大きな葉を天に向けて広げている。

Tp_0609_11 さてと、少しばかり祇園祭の気配を感じ始めた。といっても、ラジオカフェの取材が始まったからなのだけれど・・・。

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教育って・・・。

教育を語るには大変な労力が必要だ。

「教育」を語るのか「学校」を語るのかあるいは、「学び」のどれを語るかよっても、内容が微妙に異なってくる。

TVやラジオあるいは、さまざまなメディアで「教育」を語るが、いまひとつ要を得ない。学校教育制度のことと、教育、あるいは学びがごちゃ混ぜになっているから、聴いていると本質がかみ合わないところで、それぞれが言いたいことを言っているから、始末に終えない。

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お疲れ様でした・・・

夏至当日の今朝、沖縄県南城市玉城では、「夏至祭り」が

執り行われた。前夜祭、当日あわせておよそ200人ほどの方々が集われたという。

夏至の登る朝陽は無事に見ることが出来たが、今日の沖縄はあいにくの雨模様となってしまったようだ。

今日の集いまで友人は、毎日のように「龍」の絵を描き続けた。結局65枚の「龍」がこの世に誕生したことになった。070619_12120001

沖縄に移動して、はや5年目を迎えた彼女は、「光を描きたい」といつも言っていた。

描いたのは「陽の光」とはならなかったが、やっとこのようにしてひとつの「光」をこの世に生み出したと言ってもよいだろう。

生み出すことのしんどさを知っているがゆえに、なかなか手をつけられなかったことではあるが、今回の「夏至祭り」に向けて精進したという事実だけはしっかりと残った。

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夏至祭り前夜

明日の玉城の「夏至祭り」、どんな感じになるのか気になるところだが、

参加できないわたしがそんなことに気をもんだところでしかたのないことだ。

とはいえ気にはなる・・・、ということで、明日の「夏至」の祭事を執り行うユタさんに連絡をした。「夏至祭り」は今ごろ前夜祭をしている筈だ。だが、祭事自体は今夜の深夜に執り行うという。

わたしは今年参加できなかったが、せめて気持ちは沿わせたい。となると・・・、今晩は夜中に起きて心を合わせて・・・ということになるだろうか。

P6210015_2 明日の夜明けは4時26分。玉城のゴホウラ貝型の城門に登る太陽は、どんな光を放つのだろう・・・。

「冬至」の太陽、そして「夏至」の太陽。一年に一度づつの宇宙のダイナミズムをじかに目にできるわたし達は、このときばかりは大自然の前に静かに身をおくことになる。

それにしても、太古のひとびとがなぜこの自然現象に自分たちの未来を託していったのか。それはにんげんと大自然との対話を絶やしてはいけないということの記しであるともいえる。

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夏至祭り

後数日もすれば「夏至」だ。沖縄県南城市の玉城では今年初めて

「夏至祭り」なるものを開催するということだ。

残念だが今年はどうしても行けそうにない。これが「とき」の悪戯というものだろうか・・・。

P6220031_1 年の「冬至」にはわたしも中継でライブをしたが、今年は大々的なお祭りとなるらしい。いずれにしても、玉城がたくさんのかたがたに知られることはうれしいことだが、心配なこともある。

整備されていないあのウタキがたくさんの人が立ち入ることで、どのような変化が生じるか。他のグスクのように世界遺産になって、妙な整備のされ方をしてしまうのも困り者だが、あの狭いウタキにたくさんの方が立ち入って、ウタキの聖性が犯されることはないのだろうか・・・と。

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夏至が近い近い

夏至が近い。去年は玉城にいって朝からスタンバイして登る朝陽を拝んだが、今年はどうも沖縄モードではないらしい。P6220031

残念だが今年の夏至には登る太陽を拝むことが出来そうにない。

つい最近まで行こうかどうしようかまよっていたが、今年は夏至の玉城には行かないことにした。

どうも今年は「宮古島」がお呼びのようなのだ。まあ、仕方あるまい。残念ながらまたの機会にしようか・・・。

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パッチギ LOVE&PEACE

パッチギLOVE&PEACEを見た。今日はお昼ご飯を食べに、近くにある韓国家庭料理のお店に行ったら、「パッチギLOVE&PEACE」のミニポスターがあったもんだから・・・「いこっ!」と即決。それに今日は水曜日だから1000円で見れるし。

一作目のパッチギはわが青春を思い出させるような画面だった。「イムジン川」のメロディーはわが青春そのものだ。あのメロディーを反対から歌ったのが「かなしくてやりきれない」だけれど、あのころフォーククルセダースのレコードを何回も聴いたっけ。

今回の「パッチギLOVE&PEACE」は多少説明的だったものの、ラスト近くであの女の子が自分の主演する映画の舞台挨拶で、関係者を向こうに廻して自分の出自を語る場面では、思わずぐっときてしまった。

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天鈴花の「なんくるないさぁ~!(放送篇)

こんばんは天鈴花です。あっという間に6月になり、この番組は二年目に入りました。

この間「これは沖縄の紹介をする番組ですか?」という質問がしばしばありました。

確かに沖縄の香りを感じるとしても、かならずしも「沖縄」を案内しているわけでは無いということをあなたは感じてくださっているでしょうか?

では、わたしはこの番組を通じて、一体何をしているのか・・・といいますと、・・・、恐らくわたしが「体験」をとおしてわたし自身を見つめ、それを「声」に出すつまり「語る」という方法をもってして、最終的には「にんげん」のありように迫るという作業しているのかもしれません。

そこで、今日は「語り」ということについてお話しすることにしましょう。

いつだったか、立命館大学の学生さんから、「天鈴花さんはどうしてラジオ放送というメディアを選んだのですか?」と尋ねられたことがあります。

彼が言うには、「伝えたいことがあるのなら、<辻説法>でもあるじゃないか」というのです。

言われてみれば、確かに<辻説法>という方法もあるかもしれません。でも、わたしは僧侶ではありませんし、信ずべき経典を携えているわけでもありません。たまたまラジオというメディアと出会ってしまったのです。だからこうして「声による語り」を紡いでいるというわけです。

さて、「語る」という行為はある意味で、「歴史意識」の形成行為といえます。それは、今生きているわたしによって「ムカシ」のできごとが「イマ」との関係によって、意味づけられるものであるといえるそうです。

『過去→現在→未来という空間化、視覚化して一線上に配置された「とき」の捉え方は、文字文化とヨーロッパ語の時制概念によって作り出されたフィクションであることが、文字を用いない社会での「とき」の概念との対比で明らかである』と論じているのは、文化人類学者の川田(かわだ)順三さんです。

川田さんは、日本の例をあげ「無文字性」や「無文字領域」は、豊かに息づいていることを告げています。「声」と口伝え、身振り、図像の世界がそれです。「文字」が切り取ったり表したりする世界は、人間の伝え合いの限られたごく一部でしかないといっています。

さあ、ここで歴史は一気に上代に向かいます。

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貴船神社

貴船参りの今日は、朝一番で叡山電車にのって行ってきました。なぜ今日が貴船参りかといいますと・・・、二年前の今日、貴船神社に詣でた際に説明の付かないことが生じて、わたしの「もうひとつの誕生日」となりました。そういう意味でわたしは、二歳を迎えたわけです。

貴船のカミサマは、タカオカミノカミと言い、「お水」のカミサマで、龍神さまの大元のような存在です。

龍神さまにもさまざまな方がおられます。わたしが夢の中でであった龍はとても大きな龍でした。

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みめいこんとん (放送篇)

こんばんは天鈴花です。最近は日の出が随分早くなりました。

夜明け前の東の空を見ると、まさに「未明混沌」の世界です。

「みめいこんとん」とは聞いたとおり「未だあけやらぬ時の天地が一体となっている状態」を示します。ところで、わたし達は、生きていく道筋でこの夜明け前のような、混沌とした世界に入り込み、希望を失ってしまったように感じることがあります。

そこで、今日はこの「みめいこんとん」についてお話ししすることにしましょう。

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みめいこんとん

「みめいこんとん」ということばに救われた。

これは坂村眞民と言う詩人のことばである。

「みめいこんとん」とは「未明混沌」である。なんとうつくしいことばであろう。

詩人・坂村眞民はそれこそ未明である深夜に起き、いのり、そして未明の大地にかしらをおしつけるようにして朝を迎えるいのりとともに一日を始めるのだという。

夜明け前のこの世ともあの世とも想われぬその景色がうつくしいと坂村眞民は語るのだ。

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A Great journey toward my Engaged Dream82(完)

志づ女

こうしてわたし達はそれぞれに京都・沖縄に飛び、そして新しい生活に慣れてきている。京都はわたしにとって「京都」ではなく「ここ」になった。

4月には凛子は沖縄に移動して満4年を迎えた。そしてわたしも8月になると京都に来てから4年目に入ることになる。

こうしてみると、月日が経つのは本当に早いということが実感できる。

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A Great journey toward my Engaged Dream80

凛子

共感覚について書かれた本には、多くの共感覚者が私と同じように、大人になるにつれてだんだんこの感覚が鈍ってしまうとある。一生自分の「共感覚」に気づかずに死んでいく共感覚者がかなり多いという。

親から娘へは、100パーセントの遺伝という研究結果を読んだとき、数年前に亡くなった父の存在がいままでとまったく違って感じられてきた。

私の父は、豊かな農家の長男として生まれ、特別扱いされて育ち、親の資本で始めたであろう事業も、ある時期まではそうとう隆盛だったらしい。 

ところが、戦後の混乱期に財産を全部失った。先を見る目がなく、新しい世の中についていけなかったようだ。どんな商売をやってもうまくいかず、それまでに経験したことがないであろう貧乏のなかで、最後は何を思ったか、水商売に入った。

苦労知らずで育った父と母では、当然うまくいくはずはない。だまされて、最後に残った財産である土地まで人手に渡った。

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隠れ里 ⅩⅣ

ゴールデンウイークを利用して、再度川上村に入ったわたしは、3月に見た隠し平らの植物のその後を見届けに行った。

ゴールデンウイークとはさすがである。3月にはわたし達だけが入山している感じだったが、明神出会いの駐車場には既に数台の乗用車があった。

「そこ」を知っているひとがいるというだけでもなんだか嬉しかった。おそらく「馬が鞍」に入る人たちがいたのだろう。人知れずにいることくらい寂しいことはない。誰かが「そこ」を通過する、それだけでも何がしかの慰めになることに違いないのだから。

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隠れ里 ⅩⅡ

あのざわめきは一体なんだったのだろう?風の音とは異なる何かの訪れ。そして、あきらかに感じた気配は、一気にわたし達を「ある世界」に赴かせた。

都を捨て南朝再興を願い、この奥吉野へ入った幾多のひとびと。彼らの想いを引き受けたこの場所。それらのものが沈殿していった「三之公」はかつて在りそして今こうして在る。

急にわたしの喉がつまり、涙が出そうになる。この涙は何なのか。この哀しみは何なのか。迫り来る「何か」を感じながら、わたしは「こうしてここにきてよかった」と思った。

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隠れ里 ⅩⅠ

この空間に佇みこの空気を吸う。かつての人々がそうしたように、木漏れ日を感じ、そこに吹く風を感じる。

と、その瞬間であった。

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隠れ里 Ⅹ

静けさにつつまれた空間に佇むと、この森がわたしをつつんでくれているような気持ちになる。Dsc_0094_1 もちろん、そんなふうに勝手にわたしが思っているだけなのだけれど、でも、もしかしてこの森の方もわたしをつつもうとしていて、そんな双方の想いのようなものの波長が合ったときに、こんなふうに感じられるのかもしれないな。

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A Great journey toward my Engaged Dream71

もうここにいるべきではない。これはわたしひとりで改善できるようなたやすい問題ではないのだ。

そうこうしていたある日、日本からの手紙で現地にいる日本人の修道女の存在を知ることとなった。

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隠れ里 Ⅵ

山道を歩きながら、その頃を思う。

その頃・・・、そう「南北朝」だ。

後醍醐天皇(96代)以降、後村上天皇(97代)長慶(98代)後亀山天皇(99代)と続く。1336年には後醍醐天皇が南朝を樹立、吉野へ行宮する。この間が南北朝と言われる時代となるが、1392年に南北朝の合一の和議が成立、その後南朝北朝が交代で天皇を立てるとの和議を反古とされた南朝側は、なかなか日の目を見ることもなかった。

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A Great journey toward my Engaged Dream65

親友には反対されたが、それでも行く事を決心した。自分なりに羽ばたけるチャンスだと思った。

二年間との約束で日系人の学校へと飛んだのだった。

あれは今思えば、レッスンだったのかもしれない。

だが、わたしにとってはとてつもない傷つきの体験となった。

周到だと思っていた準備が、エセ情報によってほとんど無に等しいものであったことが、現地について一週間して表面化した。

わたしと交代で帰国する予定の若い女性から、彼女の帰国前日に、事前の情報は操作されていたと秘密裏に告げられた。この日まで伝えられなかったのは、それが発覚した場合、彼女本人が帰国できなくなる事を恐れての事であった。

正直いって、その話はショック以外の何物でもなかった。そんなこと、事前にわかっていたら、まだ小学生であった次男とボディガード代わりに同行させた中学生の長男に、理不尽な犠牲を強いることなどなかった筈だ。

選択を誤ったとは思いたくはなかったが、現実がそれを否定した。

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隠れ里 Ⅱ

御朝拝の後、一ヶ月を過ぎたころ、「隠し平」に行って見ることにした。

「隠し平」とは、自天王の父、万寿寺宮(尊義王)の行宮(あんぐう)の地であり、都を離れここを「後南朝廷」と定め、南朝再興を願いつつも露と散った地である。

川上村に入る前に、まずは事の発端である、「後醍醐天皇稜」と「如意輪寺」に参拝する。後醍醐天皇稜は京都の方角を向いているとのことだ。死してもなお都を想うこころもちとは、いかばかりのものであろうか・・・。Dsc_0021

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A Great journey toward my Engaged Dream64

凛子

あのこと・・・って?

志づ女

あのこと・・・、そう、あれは1989年の冬、まるで映画の物語の様に・・・。

<

ターニングポイント>

あのころのわたしは自分自身が持つ良い所には目を向けず、陰のところだけを取りざたしていた。当然のように自信がなかった。それをいけないものだとして、排除していったのだと思う。だからあのころはとても自信などなかった。

わたしはわたしでありたかった。

でも、どういう風にしたらわたしでいることができるのかよくわからなかった。

団塊の世代に生まれたわたしは、声高に近代的自我の獲得が叫ばれていた時代に影響され、難しげな本をむさぼり読み、訳知ったように語った。

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隠れ里 Ⅰ

春の風がわたしを誘惑し続け・・・、と言い訳から始まってしまった。

言い訳がましいのだが、それにはそれなりのプロセスがあった。

2月に川上村にいったことは書いたが、あの続きのプロセスがずっとわたしの中に動き続けていた。

そこでお彼岸の連休でまた川上村に行ってきたのです。

奈良県の川上村は山に囲まれた小さな村。林業で成り立っているといっても過言ではないほどの山奥の小さな村だ。

そこで、550年もの間、「朝拝式」と言う儀式が営まれ続けている。

070205_111301_2

後南朝最後の天皇とされている自天王という方を助け、死後そのみしるし(首)を護り続け、550年もの間毎年2月5日に朝拝式を営み続けた川上村の郷民たち。その末裔は「筋目」とよばれ、今年も同じように式は営まれた。

だが、今年はいつもの朝拝式とはわけが違う。

徳川幕府によって三箇所に分祀されていた「兜」と「鎧」が今年382年ぶりに一箇所にまとまってお祀りされたのだ。

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A Great journey toward my Engaged Dream61

志づ女

どうも困らせてしまったらしいわね。ああ、ことばって難しい・・・。
でもね、「現実を描きつつ、しかもそれが象徴性を帯びて・・・」って、それこそ凛子さんが描く絵の世界ってことだって思ったけれど、そうではないの?

つい最近あなたの好きな田中一村の展覧会を見に行ったのよ。

Okikawa3_078 一村の奄美作品の代表といわれる「アダンの木」を評して『「エンマ大王への土産」と一村自身が評したもう一点、「アダンの木」もまた、水平線の彼方を見つめる構図となっている。

海岸線の樹木を通して見る海の彼方の空間、それは単なる空間ではなく、一村の心のうちにある遠い想いの世界ということができる。

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修行僧のいた風景

P3080230 春のような陽気に誘われ少し足を伸ばして、

東山区

にある臨済宗総本山、東福寺に行ってきました。

おりしも冬の特別公開で、「東司(とうす)」と「お風呂」が公開されていたからです。この東司とお風呂は

京都市

内に現存するものでは、唯一、最大規模のもので普段は非公開です。冬の特別公開は今月18日までで、次に公開されるのはいつになるか、わからないとのことでした。

P3080234

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A Great journey toward my Engaged Dream58

凛子

エッ?そんな曖昧な感じでいいの?だったら気が楽だわ。解釈っていうか、どんな意味があるんだろうって考えるとよくわからないじゃない?そうすると気になってね、何とかわかりたいって思っちゃう。

ぼんやりとこんな感じなのかなあ、ってことでいいなら、何とか付き合っていけそうな気がするけれど・・・。

最近よく本屋さんで「夢解き」の本を見かけるけれど、あれってどうなの?ほら、「夢辞典」のようなものから、専門的なものまで。

志づ女

そうね、あたしも最初夢の勉強をした時、ドリームセラピストの先生が翻訳したものを頼りにしていたのよ。

でもね、所謂、万人共通の「夢ことば」はあるとしても、夢が個人的なものである以上、自分の問いにはやっぱり自分の「夢ことば」を見つけていくのが一番いいんじゃあないかと考えているの。

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無常であるということ(watasih篇)

小林秀雄ではないが、「無常であるということ」なんだなぁ~と思ったことをひとつ。

末息子が帰っていった。就職活動(今はシュウカツというらしい)で沖縄から出てきた。出てきたというか、琉球大学の修士課程にいる息子は、シュウカツをするには沖縄から出てこなくては話にならない。

早生まれの早産という二重のハンディを負っている息子は、何事もおっとり構えている。

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自らに聴く・・・。

ひさしぶりの沖縄からの電話。琴音さんからだった。彼女とは数年前にひょんなことから出会った。

沖縄県那覇市の国際どおりを歩いていて、ふと目に付いたA5サイズのチラシ。

アジアンテイストの小さな宿屋「玉水」。すぐに電話して翌日泊まった。それ以来友達となったわたし達。友人や知人にも「玉水」を教えた。

数年を経て「玉水」は閉じられた。

彼女は気持ちの趣くままに自分の歩みを進めた。そして残念なことでは在るが、二人の子どもを妊娠数ヶ月で失った。

その後、彼女は初めて自分自身の行くべき世界の入り口にたったのだ。

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新年おめでとうございます!!

今日は旧暦の元旦。そして新月。二ヶ月かかった「鈴」の修理が昨日できあがったので、その奉納をかねて今日は朝から貴船神社へ行ってきた。

Sn360084_1 この「鈴」、持ち手のところが「玉(ぎょく)」で出来ている。

銀で取り囲んであるので、しっかりと仕上がった。お願いしたのは京都にある、「かざりや鐐」という銀細工のお店。

ある日たまたま店の前を通りがかり、「おっ!」と思いついて修理をお願いしたのだ。ほんとに思いつきの出会い。こういうのが大切なんだよなぁ。

今日の貴船川は昨日の雨のせいで、水量が増していた。水の流れる音でわかる。もちろん見ても水量が増しているのは当然分かるのだが、音をきくと全然違うことがわかる。水の流れに重さというか、バスの低い音がよく聞こえる。Sn360081

自然は正直だ。結果をすぐに伝えてくれる。目の前に展開される事態はすべてついさっきまでの結果だ。

地球の温暖化が騒がれているが、それは先の世紀、にんげんがしてきたことの結果にしかすぎない。

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初参り

新年早々インフルエンザに打ちのめされすっかりと気落ちしていたので、今日はしんどいけれど、貴船神社奥宮に初参り。Pa160180

バスがまだ運行されていないようなので、しかたなく上まで歩く。いつもならさわやかな山の空気がどことなくひんやりとツレナイ。

ああ・・しんどいなぁ~と思いつつ登るからよけいに身体は重く感じる。

なんとか奥宮にたどり着く。いつものように思い川に下りて、そこで手水をつかう。川を跳び渡り向こう岸に渡る。

これが参拝のわたし的儀式だ。

貴船さんに新年のご挨拶、そして石笛を奏上する。Pb090200

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鎮魂・朝拝式

Sn360073 毎年2月5日の朝奈良県川上村では、「朝拝式」という儀式が執り行われる。奈良県川上村には南朝の最後の天皇(後南朝)、自天王の遺品「縹糸縅筋兜(はなだいとおどしすじかぶと)「御鎧両袖(おんよろいりょうそで)」「鎧銅丸(よろいどうまる」がご神体とされ祀られており、一年に一度自天王の残された御しるしの拝謁を賜るというものです。 

後南朝を認めない歴史家もあるが、ここ川上村では自天王の鎮魂を550年もの間、村民が継続している。

これらの御物は徳川幕府によって、寛永二年(1625年)に三箇所に分祀されてから去年までずっと別々に護られてきた。

それは幕府が民衆の結束を恐れたゆえの方策だったようだ。ちなみにここ川上村の「筋目」といわれる自天王を護っていた家は「16の菊御紋」の使用を許されている。 

そして、なんと550年目にあたる今年は、さまざまな紆余曲折を経てやっとこの三つが一箇所にお祀りされることとあいなったという、記念すべき年なのでした。ところは川上村・神の谷にある「金剛寺」裏手にある「自天王神社」への献饌。

そして「宝物殿」が「朝拝式」の執り行われるところである。

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初の実況中継!!

初の実況中継だ!!

昨日は曇り~晴れだったのでちょっとばかり雲行きが心配。ところが、今朝は朝陽がすごかった。

昨日の電波の状態からすると、どうもAUの携帯だと電波状況が不安。で、固定電話化、室内で・・との指令が出たものの、固定電話があるのかどうか・・。

いろんな心配もあったが、とにかく朝陽を拝もうと思って、朝風呂へ・・・。朝陽が登るのは関東地方からすると一時間は違う。それを見越して六時半ごろからお風呂に入りながら日の出を待ったのだが・・。

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玉城へ・・・☆彡

玉城へ・・・こころは飛ぶ!

明日の「冬至」の玉城へ・・。玉城って??あなたはご存知ですか?

沖縄本島南東部にある玉城は「斎場うたき場所にあり、海の向こうには沖縄では神の島と呼ばれる「久高島」が臨めます。

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宮古島・大神島 司たちの行方

「宮古島の神と森を考える会」の会員であるわたしは、毎年開催される例会に参加した。

会長は民俗学者であり、俳人である谷川健一先生だ。今年は島尻、「パーントゥの里」が会場となった。

初日は市内にある、沖縄県立宮古島図書館分館が会場となって、このたび「宮古伝承文化研究センター設立記念シンポジウム」も開催された。

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岩清水八幡宮

12月1日はわたしの祖父の祥月命日。だからというわけではないのだが、岩清水八幡宮に行くことにした。

今年は八幡さんにご縁があるのか、何回も八幡さんには出会っている。だからといって、どうこう考えてはいないのだが、突然「そうだ、岩清水八幡宮に行こう!!」とどこかで聞いたようなせりふが頭の中をよぎり、急遽祖父の命日にいくことにした。

で、朝方見た夢は・・・。Iwasimizu_2

『どこかの神社らしい風景。石段のうえに鳥居、その奥にお社らしきものが見える。』というものだった。

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A Great journey toward my Engaged Dream35

志づ女

その決心がついてから、あれよあれよという間に、話しが不思議と決まっていってね、あっという間に全てが整っちゃった。

上手い具合に学校も入れることも出きて、住む所もまあ、いろいろいきさつがあったけれど、今では落ち着いて気に入って住んでるしね。

そう、あの星の動きに押し出されるようにして京都に飛んだってわけ。

なんとも非科学的って思われるかもしれないけれど、2000年のデータベースを読んだら、こうなっちゃったってことかしら?

まさに、前近代的な発想。でもね、これってとっても大切な事だと思うのよ。なにかが動いているって感じ。その気配を感じるってこと。

科学的っていったいどういうこと?科学的であることや、理性的であることが、今は上級なこととする風潮があるけれど、もしそれが本当ならその近代ってヤツはあたしたちをどれくらい豊かにしてくれたり、幸せをもたらしてくれたのかしら?

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A Great journey toward my Engaged Dream34

志づ女

かの分析心理学者のユングはホロスコープの中の星が古来から結婚に影響している点に注目して、実験しているくらいなのよ。

『自然現象と心の構造』という本に表しているの。その実験は非難されたようだけれど、あのユングが占星術に関心を持っていたことは面白いとおもわない?

古代では政治や社会的なことに占星術が多用されいて、その後は個人の生活にも応用されてきたという歴史をもっているのよ。

それは洋の東西を問わないの。日本だっていま流行の陰陽師たちがそれにあたるわ。

この宇宙の出来事と個人の出来事がこんな風

にリンクしてくるなんて、ちょっと考えただけでもエキサイティングな感じするわね。

宇宙の中にいる人間をリアルに感じる。まさに、そんな感じ。

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A Great journey toward my Engaged Dream33

志づ女

つまりね、あなたまかせに未来を予見して貰ってそれを夢見るのではなくて、そのことを具体的に現実の中に見出していく作業は、肉体を持つ自分でしか行為できないでしょ?

あてがいぶちの人生じゃあなくって、クリエイトする人生よ。なし崩しに生きていくわけにはいかないわ、若くないことを自覚的に生きたいと思うようになってきた。

こうしてみると、あたしがいつもいつも星空を眺めていたのは偶然じゃなくて、やっぱりそんな形で、星たちの象徴性を受け入れていくための準備のプロセスだったんだなって素直に思えた。

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A Great journey toward my Engaged Dream31

志づ女

そう、星座って、勿論、季節によって天空の星空は変わるけれど、今年のこの星座はここにはなくて、あっちにありますなんてこと絶対ないじゃない?

ものすごいスパンでみればそりゃ少しは動いているわよ。

でも、あっちにいったりこっちに来たりなんてしないじゃない・・・。その究極が「北極星」だわね。全世界できっかりと定点のところにいつだって在るもの。

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A Great journey toward my Engaged Dream30

志づ女

オッケー!じゃ、行くわよ。

よく考えてみるとね、この世の中のことってたとえば人間関係にしても、価値観にしても、はたまた、考え方や政治だってね、いまや自然でさえ一つとして形を固定しているモノやコトってないじゃない?

いつも『無常』。これはね、空しいとかそういう意味じゃあなくてね、『常ならざる事』って言う意味なの。

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テープ起こしだぁ~

せっかく続けたので、今日も岩盤浴3日目。でも・・、今日は汗があまり出ない。体調がわるのかなぁ?

新しくできたラドン岩盤浴「和」というところにいってます。帰りには出店の黒米弁当を500円でゲット。ルンルンと帰宅。

で、やっとこさテープ起こしにとりかかった。

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「Let it be ・・・」 な天鈴花です

番組で何を語ろうか・・・といつも思っている。だが、意図的に何かを・・と言った気持ちはない。

だからといって、単にお喋りするという気持ちはさらさらない。とはいえ、何かをしようとしていることはもしかしてあるのかもしれないので、何を語るかということは結構大切だ。

そこで、番組収録の直前まで何を語るか・・・、ひっぱって、ひっぱって・・・。

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A Great journy toward my Engaged Dream19

凛子

もう、あなたって人は・・・。サバイバルできるっていう意味じゃあ心配ないけれど、知らない町でよくそんなに早く知り合いを作れるわねえ。感心しちゃう。

それも、私と同じように出会いってことかな?食堂のおじちゃんとおばちゃんと出会ったように、志づ女さんも京都でそうして出会っていったのね。

志づ女

そうね、人と出会う時にはそういうものみたい。それでね、そのオジサンに事の次第を話したら、「近くに自転車やさんが最近開店したから、預かってもらえるかどうか交渉してあげる」っていうのよ。

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A Great journy toward my Engaged Dream15

凛子

 まったくその通り、本当にパワーが必要。でもさぁ、空間って大事だからね、快適にしたいわよ、誰だって・・・。

志づ女

そうそう、最大の出来事っていえばね、自転車。ほら、京都って碁盤の目のようになっているじゃない?

まず、この町を知るには「道だ!」って思ったから、最初は道を知ろうと思ってね、京都に引っ越した当日にマウンテンバイクを買いに行ったの。

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手作り市 百万遍

今日は15日。京都大学の北にある「百万遍・智恩寺」で、月一で開かれる手作り市の日です。空模様はちょっと怪しかったのですが、日中には快復して人手もすごかった・・・。

10数年前に出会ったある修道会のシスターたちがここにお店を出しています。「イエズスの小さい姉妹友愛会」という修道会です。彼女たちは近鉄の向島駅から15分くらいのところに長屋の一軒を借りて、そこを修道院にしているという、実にユニークな修道会なんです。ここのほかに弘法市にも店を出しています。

彼女たちが売っているのは、長野にある同会のシスターたちが作った、梅干や梅シロップ、手作り石鹸、そして薬草茶などなど・・・。

手伝うつもりが、却ってもてなされて、たいていの場合お腹を満腹にして帰ってくることが多いんです。手作りのサンドイッチ、インドの方からいただいたという紅茶でいれた、ちょっとスパイシーなチャイのような感じの飲み物、そしてパイナップルが今日のお昼でした。

有難う・・・シスター!!いつもこうしてご馳走になって話をして帰ってきます。さまざまな修道会がある中で、わたしが一番気に入っている修道会なんです。

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連載 A Great journy toward my Engaged Dream4

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   A Great journy

        toward my Engaged Dream

     

     やっぱりやりたいことがある

     それならとぶっきゃないじゃない・・・・

                                                    凛子と志づ女  

         -4-

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《彼女は南方へ飛んだ》

「今日さぁ、水納島(みんなじま)にいってきたわよぉ」

友人は朗らかな声で電話の向こうで笑った。

特段の知古があったわけではないのだけれど、とにかく沖縄へと一気に飛んだのだ。なぜそこなのかを問う必要は無い。南方なのである。沖縄は。

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「がんばるってこと」って・・・

沖縄に行った友達と電話をするとゆうに2時間は越す。お互いにもがきながら、それでも前を向いて歩いていこうと最後には確認しあうのだ。それだけのことなのだが、そこにたどり着くまでに、やっぱり2時間はかかる。

今日は2時間18分。なにもそんなに話さなくっても・・と思ったりもするが、お互いに一匹狼なのでたまには同類がいることを確認したくもなるものだ。

夕焼けになるような時刻までじゃべってしまったけれど、やっぱり今日の結論は「がんばっていこう」ってことだった。

何をどうがんばるかは、それぞれにしかわからない。でもとにかく「がんばる」のだ。もうそれしかわたしたちには道が無い。

そう話していたら急に高田渡のことが話題に上った。渡さんはちょっとしたことがきっかけで身近な存在になった。

Img_1963_1 彼はおととし、急に公演先の北海道で旅立ってしまった。

わたしが最後にあったのは「京都メトロ」であったライブだった。ライブが終わって「渡さんお久しぶり!!」と声をかけると、彼は開口一番「まだ死んでなくてごめんね」と言った。

「何言ってんですかぁ~」と声を返したものの、彼のことばが少しばかり気になった。それからほんのわずかの間に、渡さんは逝ってしまっ た。あまりのあっけなさに残された方がなんだかオイテケボリをくったようで、妙な気分にされた。でも、そのほうが渡さんらしくて妙に納得もしたのだが・・・。

今日、沖縄の友人と話したことは、渡さんの生き方だった。彼は「本当に自分自身をいきたひと」だったと思う。

あのように生き切ることがわたし達にできるだろうか・・・、そんな話だった。渡さんのように「ちゃんと自分自身を生きる」ことは出来ないかもしれない。でも、わたし達がかろうじてできることは、不器用にでも「自分でありつづける」ということだ。

だから、やっぱりわたしにとって「がんばる」ってことは「我ん張る」ってことになるのかなぁ?

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哀しいことがあったら

哀しいことがあったら、あなたはどんなふうにそれを乗り越えますか?

今日、天鈴花はちょっとだけ哀しいことがありました。具体的なことはいいませんけれど、とにかく、わたしにとってしばらくぶりに哀しい出来事でした。

それでも、また明日を生きなくてはなりません。そんなとき天鈴花はこんな風にして乗り越えます。

それは・・・、「わたしはわたし」と思うこと。ちょっと理屈っぽいかもしれませんけれど、相手の感情に巻き込まれないってこと、これが大事だと思っているんです。

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連載 A Greata journy toward my Engaged Dream2

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   A Great journy

        toward my Engaged Dream

     

     やっぱりやりたいことがある

     それならとぶっきゃないじゃない・・・・

                                                    凛子と志づ女  

         -2-

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凛子

とうとう志づ女さんも京都に行ったのね!

何年も前から沖縄の事を話していたから、いつかは沖縄に行くのかなあと思っていたけど、「京都」は思いつかなかったなぁ。

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連載 A Greata journy toward my Engaged Dream1

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   A Great journy

        toward my Engaged Dream

     

     やっぱりやりたいことがある

     それならとぶっきゃないじゃない・・・・

                                                    凛子と志づ女  

         -1-

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凛子と志づ女は同世代。すでに世で言うところのおばさん達だ。 二人とも北関東の小さな都市で生まれ育った。 生まれてからずっと、身の回りに立ち起こってくる様々なことに何の疑いもいだくことなく、あの町で親に言われるままに生活してきたのだった。

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朝、ちゃんと目が覚めるって・・・

毎朝ちゃんと目が覚めるってことって、なんだかとっても不思議。夜寝るときに翌朝ちゃんと目が覚めるという保障など無いのだけれど、みんなあたりまえのようにして床に着く。

これって、とっても明日という未来に対してなにかを託しているような気がしませんか?つまり、未来に対する信頼のようなものがあるからですよね。

友達のひとりがある日こんなことを口にしたことがあります。「また、明日が来るって思うと気持ちが重くなる。」彼女がどんな気持ちでいたのかわかりませんが、そんな風に思うこともあるかもしれませんね。それに、彼女は・・・

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人生には大切なことが二つある・・・

今日は「9・11」

全世界を震撼とさせた事件が起きた日です。

これほどとは言わないまでも、人生にはさまざまなことが立ち起こります。

これからおしする「ものがたり」は二人の女性が人生半ばを過るまでのさまざまな出来事を通じて、自分にとって大切なことを見出していった軌跡なのです。

「人生には、しなくてはならない大切なことが二つある・・・」 

それはいったいどんなことなのでしょうか? 

明日から堂々の連載です!!  

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天鈴花は・・・

このブログのライターである「天鈴花」は次のようなことをしています。

京都三条御幸町に「京都三条ラジオカフェ」という、日本初のNPOコミュニティFMラジオ放送局があります。

そこでこのブログとリンクする「天鈴花のなんくるないさぁ~」という番組を放送中。天鈴花が沖縄や各地で出会ったひとびとや出来事から学んだことから、生きていく「智慧」を語っています。

http://podcast.radiocafe.jp/

また、「鎮魂」が人生のテーマである天鈴花はこんなこともしています。

ご関心のある方は是非ごらんになってください。あなたの人生の「Happy」と「Success」へのお手伝いをさせてくださいね。

http://www.fujimusume.com

P7060055_2

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京都に移動してからいろいろなことが・・・

子育てと仕事をして30有余年。末息子が琉球大学に入学したのを機に「子育て卒業宣言」したわたしは、ご縁あって京都に移動しました。

なぜ京都かって?実はわたしにもこの流れがよくわからないのです。どうしても京都でなきゃぁって思ったわけでもないのですが、どうしてか京都になってしまいました・・・・・。

関東人のわたしにとって、京都から先は「関西」というひとくくりの世界でした。でも移り住んでみると京都と大阪では完全に異なる世界だったのでした。

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「しあわせ」の見つけ方あります

「しあわせ」ってなんでしょう?勝ち組になってお金持ちになることでしょうか、それとも・・・?

「しあわせ」って何をさすのかは分かりませんけれど、誰しもが一番欲しいものはきっとこの「しあわせ」というものなのではないでしょうか?

一概に「しあわせ」といってもひとさまざまです。ですが、誰かがきめてくれたような「しあわせ」はホンマモンではありません。

それに「しあわせ」は青い鳥のように、なぜかいつのまにか手の中から零れ落ちていってしまうこともあります。

それでも、あきらめないで・・・

さあ、「しあわせ」を見つける方法を手に入れにいきましょう。きっと、人生「なんくるないさぁ」(きっとどうにかなるものですよ)!!

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