「靖国」

先週末は同窓会だった。

同窓会と言えば学校を思い出すが、今回のはそうではなく、なんと!18年も前にしていた仕事の同僚たちが集まっての同窓会だったのだ。

社会の中でほんのわずかの期間をともにしただけに思える仲間たちではあるが、18年ぶりに出会った彼女たちは、それなりに年を重ねつつも、あのことの面影をしっかり抱きつつ、みんなステキに年を取っていた。

アメリカへ夫さんの転勤で旅立とうとする人、かつての現場でポジションを保ちつつキャリアを重ねている人、仕事をしながらよき母親を過ごしている人、趣味を越えて有資格者になろうとする人、そしていまやもの書きとなった人、などなど、皆それぞれに自分の世界を生きている。

時というものはそれだけのものを知らぬ間に残していてくれるのだ。

今日一日、そしてまた一日・・・。

そうして、わたしという存在がこの世にあったことを記していくのだ。

ああ・・・、今日も一日が過ぎていく。明日はどんな一日になるのだろう。

ところで、Yasukuni_01 あさっては映画「靖国」を見に行く予定なのだが・・・。明日という日を捨てて(いや、奪われて)死んでいったかつての若者たちが合祀される靖国。

実はわたしの叔父も太平洋戦争で戦死している。海軍飛行学校を出てすぐに飛び立ったらしい。

終戦の一週間前に鹿島沖にて墜落との報告が戦友からもたらされている。

遺骨は無く白木の箱に戦死公報が入っていたという。

思えば、靖国がすべての戦死者を合祀しているのだとしたら、わたしの叔父もそこに祀られていることになる。

叔父は21歳で戦死している。独身のまま戦死していった叔父はどんなひとだったのだろう。

三人の男兄弟の中で一番絵が上手だったという。酒もたばこもしらずにこの世を去った叔父の位牌にわたしはピースを手向けるのだ。

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あたったぁ~

あたった!あたった!あたったぞぉ~!!!!!

うれしい~。

??宝くじではありませぬ。フリマの出店の抽選にあたったんです!!いままでの生涯で初めてくじにあたったぁ~。うれいしいですぅ~。

京都に移動してもう満4年。無駄な買い物はしていないつもりでも、なんとなく物がたまってしますのには困っていたので、何回も申し込んでいたんだけれど・・・。

四年経ってやっと抽選に当たったんです。フリマ。

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なんくるセミナー

11月10日新月の日「なんくるセミナー」を開催します。

ご興味のおありの方は是非おこしくださいませ。「新月の願い」もいっしょにしませんか?

会場は京都三条ラジオカフェの「カフェ」の放送用楕円テーブルのところです。すぐわかるようになっていますので、一声おかけくださいね~。

定員は6人です。

元気で暮らすことのコツやら、新しい自分を再発見するワークショップ型セミナーです。0期として今回スタートしますので、通常は月一度で三回でワンセットなのですが、今回のみ2回です。

11月10日(土)と12月8日(土)を予定しています。

☆(ほし)コースは午後1時半から○(つき)コースは午後7時から、どちらも一時間半のコースです。

事前のお申し込みが必要ですので、ご希望の方はinfo@fujimusume.com までお申し込みくださいね・・!

なお、詳しいパンフレットは「カフェ」か、次のファイルを見てください!!

天鈴花がこころからお待ちしています!!

「how_to_designyour_life.doc」をダウンロード

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こんばんは

映画こんばんはを見に行った。夜間中学の話である。

まぎれもなく、現代日本のことである。

「学校」というところが子どもたちにとって過ごしやすい空間でなくなってから久しい。

かく言うわたしにとっても、学校と言うところはとても苦しいところであった。いまでいう不登校ぎみだったのだろう。わたしの小学校時代から始まる長い長い学校生活には、この映画に出てくるような教員などいなかった。

それはわたしにとって、ある意味で不幸であった。

しかし、ある意味で幸いであった。わたしは勝手に学んでいた。

不登校と言うことばは大昔にはなかった。子どもながらに智慧を働かせ、「風邪をひいた」と言っては休み、「喉が痛い」と言っては休み、そして「お腹が痛い」といっては学校をサボった。親にばれないように医者へもいった。

実際のところ、上手く熱も出てくれたし、お腹も痛くなってくれていた。

そんなわたしの様子に一番敏感だったのは、祖母だった。祖母には生前よく言われたのだが「おまえは病気になる前はすぐ分かる。ちゃんと絵に描くからね」

おお・・・、そんな小さいときからわたしは「巫女」であったのかぁ~!!

学校に行っても楽しいことは余り無かった。

不幸なことに、少しは成績がよかったから、先生には常に取り立てられた。

そして、何かにつけてあらゆることに選ばれた。学級委員、歌のコンクール、絵画展、書道展、硬筆展、作文、そして学力コンクール。

それが苦しかった。

おりこうさんを演じていたわけではないが、わたしなりに辛かったのだろう。

良い成績の何でも器用にできるおりこうさんであること。

教師たちのバカさ加減は、高学年になると手に取るようにわかった。

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ホンのいい話

街には情報が溢れている。

特に最近はインターネット時代とか、マスコミがかきたてるからそういう時代なのかと錯覚してしまう感じだ。

それでも、大方の家にネットが普及しつつあるとしても、きっとまだ半分も普及などしてないだろう。

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見えないけれど・・・リスナーが・・・!

「京都三条ラジオカフェ」。FM局である。

NPOで日本初の認可局の「京都三条ラジオカフェ」は、コミュニティFM局だ。つまり地域に立脚しつつ、情報を発信している局である。

ご存知だろうか?コミュニティラジオには電波法による制限があって、たったの10Wという細々とした出力パワーで放送しているのだ。

したがって余り遠くまで電波は飛ばない。

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「行きて帰りし物語」(放送篇)

こんばんは天鈴花です。

祇園祭も終盤に入り、24日はいよいよ還幸祭、つまりお神輿にのって神さんが八坂神社へお戻りになる日なんですよね。

鴨川を鴨川を渡って神さんが一週間の間、御旅所におとどまりになり、三条通りを通られて八坂神社にお戻りになるのだそうです。

そこで今日は、「行きて帰りし物語」と行くことにしましょう。

さて、行きて帰りし・・・というと、えっ??という印象をお受けに成るのではないですか?

そうなんです。行って帰ってくる・・・ってこと・・・です。

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なんとかならないかなぁ~。

沖縄の友達から朝一の電話。いつものごとく、未来への不安を語る。

「絵を描いていきたいから・・。やっぱりおんな絵描きになる!」と宣言して沖縄へ移動してはや満四年。

一方、我が息子は、精一杯の南方を6年間体験したあげく、「もう沖縄。十分味わいました・・。」と内地(?)に就職先をさがすことになった。琉球大学に入学したときには「もう家には帰らないよ。ずっと沖縄にいる。寒いのはいやだからね」。そんな風に宣言していったのに・・。どんな心境の変化があったか知る芳もないが、いずれにしても「行きて帰りし物語」だな。まあいいさ、どこにいても元気で自分の道を歩いていってくれれば。

だが、さきの友達にはまだ「沖縄」が必要なようだ。

というのも、この間の玉城の「夏至祭り」に向けて描いた「龍の絵」が、思いのほか売れなかったみたいで落ち込んでいるというのだ。それで意気消沈していたのだが、思ったような女絵描きデビューを果たせなかったことが、いくばくかのショックをもたらしたらしい。

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教育って・・・。

教育を語るには大変な労力が必要だ。

「教育」を語るのか「学校」を語るのかあるいは、「学び」のどれを語るかよっても、内容が微妙に異なってくる。

TVやラジオあるいは、さまざまなメディアで「教育」を語るが、いまひとつ要を得ない。学校教育制度のことと、教育、あるいは学びがごちゃ混ぜになっているから、聴いていると本質がかみ合わないところで、それぞれが言いたいことを言っているから、始末に終えない。

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寝苦しい夜には・・・。

窓を開けて寝れば雑踏がうるさく、かといって窓を閉めれば寝苦しい・・・。

恋心に燃えて寝むれぬ夜を過ごす・・・ということなど、とっくの昔に失ってしまったわたしには、寝苦しいのはいささか苦痛に近い。

クーラーをつけるほどの暑さではない。我が家の「ボルネード」(固定式扇風機というか空気を攪拌するヤツ)はもちろん一日中フル回転だが、攪拌するだけだからあまり効果ない感じだ。

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夏至が近い近い

夏至が近い。去年は玉城にいって朝からスタンバイして登る朝陽を拝んだが、今年はどうも沖縄モードではないらしい。P6220031

残念だが今年の夏至には登る太陽を拝むことが出来そうにない。

つい最近まで行こうかどうしようかまよっていたが、今年は夏至の玉城には行かないことにした。

どうも今年は「宮古島」がお呼びのようなのだ。まあ、仕方あるまい。残念ながらまたの機会にしようか・・・。

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天鈴花の「なんくるないさぁ~!(放送篇)

こんばんは天鈴花です。あっという間に6月になり、この番組は二年目に入りました。

この間「これは沖縄の紹介をする番組ですか?」という質問がしばしばありました。

確かに沖縄の香りを感じるとしても、かならずしも「沖縄」を案内しているわけでは無いということをあなたは感じてくださっているでしょうか?

では、わたしはこの番組を通じて、一体何をしているのか・・・といいますと、・・・、恐らくわたしが「体験」をとおしてわたし自身を見つめ、それを「声」に出すつまり「語る」という方法をもってして、最終的には「にんげん」のありように迫るという作業しているのかもしれません。

そこで、今日は「語り」ということについてお話しすることにしましょう。

いつだったか、立命館大学の学生さんから、「天鈴花さんはどうしてラジオ放送というメディアを選んだのですか?」と尋ねられたことがあります。

彼が言うには、「伝えたいことがあるのなら、<辻説法>でもあるじゃないか」というのです。

言われてみれば、確かに<辻説法>という方法もあるかもしれません。でも、わたしは僧侶ではありませんし、信ずべき経典を携えているわけでもありません。たまたまラジオというメディアと出会ってしまったのです。だからこうして「声による語り」を紡いでいるというわけです。

さて、「語る」という行為はある意味で、「歴史意識」の形成行為といえます。それは、今生きているわたしによって「ムカシ」のできごとが「イマ」との関係によって、意味づけられるものであるといえるそうです。

『過去→現在→未来という空間化、視覚化して一線上に配置された「とき」の捉え方は、文字文化とヨーロッパ語の時制概念によって作り出されたフィクションであることが、文字を用いない社会での「とき」の概念との対比で明らかである』と論じているのは、文化人類学者の川田(かわだ)順三さんです。

川田さんは、日本の例をあげ「無文字性」や「無文字領域」は、豊かに息づいていることを告げています。「声」と口伝え、身振り、図像の世界がそれです。「文字」が切り取ったり表したりする世界は、人間の伝え合いの限られたごく一部でしかないといっています。

さあ、ここで歴史は一気に上代に向かいます。

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みめいこんとん (放送篇)

こんばんは天鈴花です。最近は日の出が随分早くなりました。

夜明け前の東の空を見ると、まさに「未明混沌」の世界です。

「みめいこんとん」とは聞いたとおり「未だあけやらぬ時の天地が一体となっている状態」を示します。ところで、わたし達は、生きていく道筋でこの夜明け前のような、混沌とした世界に入り込み、希望を失ってしまったように感じることがあります。

そこで、今日はこの「みめいこんとん」についてお話ししすることにしましょう。

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新月に始める

昨日は新月だった。新月になる時刻は朝の4時27分。(国立天文台発表)

新月はとにかく不思議だ。何かが始まるのを示すけれど、本当にそうなんだ。

一昨日は目覚まし時計をかけて床に着いたが、目覚ましがならなくてもちゃんとわたしは起きることが出来る。

なにせ30年近く5時に起きて朝ごはんをつくり、出勤する夫を見送ったのだモノ。身体に浸み込んでいる。

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A Great journey toward my Engaged Dream79

凛子

 《共感覚と父》

いつごろからそうなっていたのかはわからないが、小学校高学年の時には、もうはっきり自覚していた。私は文字に色を感じるのだ。

平仮名、カタカナ、漢字、数字、アルファベットのそれぞれの文字に色を感じる。ただ残念なことに今ではあのころほど鮮明ではない。文字によっては、色が抜け落ちてしまった。

当時、同級生の名前は、自分のなかで全部色分けしていた。だからその名前を思い浮かべると、その色もいっしょに浮かぶ。私なりの記憶方法だった。

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A Great journey toward my Engaged Dream61

志づ女

どうも困らせてしまったらしいわね。ああ、ことばって難しい・・・。
でもね、「現実を描きつつ、しかもそれが象徴性を帯びて・・・」って、それこそ凛子さんが描く絵の世界ってことだって思ったけれど、そうではないの?

つい最近あなたの好きな田中一村の展覧会を見に行ったのよ。

Okikawa3_078 一村の奄美作品の代表といわれる「アダンの木」を評して『「エンマ大王への土産」と一村自身が評したもう一点、「アダンの木」もまた、水平線の彼方を見つめる構図となっている。

海岸線の樹木を通して見る海の彼方の空間、それは単なる空間ではなく、一村の心のうちにある遠い想いの世界ということができる。

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頭が痛い・・・

毎日のように色々なことを考えている。つまり常に頭が忙しい状態だ。そうなると、常に「気」は上の方に上がっている。

頭を使うということは「mind」が優先されていることだ。mindが優勢ということは、ろくなことがない。

『下手な考え休むに似たり』ということだ。

昨日、東福寺に行ったが、修行僧たちは二時間の間座禅をするそうだし、朝の3時に起床、それからずっと座禅とか問答とかで一日を過ごし、4と9の付く日にしかお風呂に入らないそうだ。これは室町時代からずっと今日まで続いているとか。

P3080229 そして、9時には消灯らしいが、個人的に座禅を組んだり、勉強をしたりしているという。

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静かな一日

季節が移り変わっていく。

それを感じるのが太陽の位置だ。

冬の間は前のマンションの横から顔を出していた太陽も、最近は前のマンションにすっかり姿を隠し、時間がたたないとお出ましいただけない。

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生涯現役??

高校時代の友人はいまや一線で活躍する、メディカル系雑誌、書籍の編集者である。

その彼女からは時々、しかも急に連絡が入る。

きょうもそういったように彼女からふいに電話が入った。仕事で京都に来ているという。

そこはこっちもいってみれば、対外的には毎日が日曜日のような暮らしであるから、即、「お茶しよう・・!」とついぞ反応する。いきおい京都駅で待ち合わせることとなった。

逗留先はリーガロイヤルとのこと。「いいところに泊まっているんじゃン」と思いつつ、三ヶ月ぶりのお喋りを楽しみに出掛ける。

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