気海丹田
今日はひとつことばを知った。
「気海丹田」 丹田呼吸法のひとつのようだが、一体これは何だ?
たまたま夢に出てきたことばにリンクしているような気がして、目に留まったのだけれど。
夢に出てきたのは「海田」 夢の中でわたしは「かいでん」と読んだ。
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今日はひとつことばを知った。
「気海丹田」 丹田呼吸法のひとつのようだが、一体これは何だ?
たまたま夢に出てきたことばにリンクしているような気がして、目に留まったのだけれど。
夢に出てきたのは「海田」 夢の中でわたしは「かいでん」と読んだ。
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志づ女
それから、日本にだってね、そう、古典文学にもね、夢の話しがたくさん登場しているの知っている?
それこそ、『記紀』の頃から江戸文学に至るまで夢譚はたくさんあってね、それに昔話のなかにだってあるわよ。
ほら、「だんぶり長者」とか「味噌買い橋」とかそう言った類の話から「源氏物語」や「更級日記」にだって夢は登場する。そういったことについても、たくさんの研究がされている。
ただ、それは研究対象なんていう自分から遠くに隔たったものではなくて、最もindividualな、つまり、個人特有のもので、自分だけのものって感じかしら。だから、それを何とかわかりたいって思うのはあたしにとってごく自然だし、必要なこと。
それだけ夢の力を信じているって言えるかもしれないわね。
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凛子 志づ女さんが心理学に興味を持ってることは知っていたけど、いつのころからか、「夢」分析に絞られてきたわよね。でも、ときどき会った時、その話を聞いてもピンとこなかったの。だってそのころわたしは、ほとんど夢をみることがなくなっていたから。 今思い出すと、「運命の人」との貴重な出会いはあったけれど、20代から30代の私は実家のことでいつも心が暗かった。この影が恋愛に関しても、私を臆病にさせていたとも言えるわね。 「絵」は、それ(心の影)を払いのける力として私にあたえられたに違いないと思えるの。 それなのにその力を発揮できずにいたのよ。それ(影)があまりにも大きく感じられて絵に対する自信をもなくさせていたのかもしれないわね。私にとってなにが大切かわかっているのに動けなかったの。
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そういえば小さい時、度々わけのわからない自分のからだを体験していた。よく言われる、「かなしばり」だったと思う。
だから夜になるのが不安だった。またあの感覚に襲われるのではないかと思うと、夜中でも不安になって目が覚めた。夢うつつのなかで、自分のからだがどうにも動かないことに気づく。
「またあれだ・・・。」
頭は冴えているのにからだがどうにも動けないのは苦痛以外のなにものでもない。声も出せないから、隣に寝ている祖母を起こすことさえ出来ない。
どれ位の時間をそんな風にすごしただろう。頭の中でからだを動かすイメージを働かせ、気持ちだけを動かしてみる。右にそして左に。そうこうしているとしばらくたったある瞬間に、ある感覚が訪れる。あっ、動かせそう・・・。
そう思うとすっと自分のからだの感覚がもどり、でもその時にはかならず落下の感覚が伴っていたのだが、ドスンと床に落ちた感じがする。それと同時にからだが実感されて、自分の動かしたい方にからだがスッと動くのだった。
そんな事を何度も体験しているうちに、からだが動かなくてもそれほど不安な感じにはなくなり、そんな状態が訪れるのにも慣れてきていた。
からだもそんなふうであったが、わたしはかなり長い期間、とてもよく夢を見ていた。
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志づ女
そう、ずいぶんとはっきりしてきた。
それと、自分であること、つまり、ありのままのあたしでいることが、あたし
の自信に繋がってきたようよ。「自信のないあたし」っていう、着ぐるみを
脱ぎ捨てつつあるかもしれない。
本当はダメな存在じゃなくて、けっこうイケてたのに、勝手に自分でそう
思えなかったみたい。どうしたら変わったのかっていわれてもね、わからな
いのよ。気がついたらそういう自分になっていた。
ただ、こんなことはいえるかもしれない。
《あたしがあたしであるということ》
自信というものがどこからくるのかわからないが、気がついたらそうなっていたということはいえるかもしれない。そしてそれは、ほとんど恩寵というものにちかいように思う。
いくら努力しても到達できないことはいやになるほどたくさん経験してきた。もっとも、努力ということ自体が、あまりわたしにはなじまないことではあるのだけれど。
学校の成績にしても、容姿に関することにしても、はたまたがまんするこ
とにしても、わたしほど努力にから遠い人間は他にいないと思う。
ただ、唯一、これは結構やってきたなということがある。それは<納得できるまで喰らいついて諦めない>ということだ。
小さいときから何ごとにつけ知らない事を調べることは億劫ではなくて、むしろ好きなことの部類だった。
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志づ女
そう、「自立=他人に依存しないで生きること」っていう考え方なのね。
ただ、依存しないで生きられる人っているのかしら?あたしはね、逆に依存してもいいんじゃないかって思っているの。
だって、誰かに頼れるってとってもいいことにも思えるけれど・・・。頼るってことはその相手との関係のなかで成立するものだから、信頼感にも繋がると思うし。それが片方向だけだと問題があるとは思うわよ。
いつもいつも頼っているばかりとか、いつもいつも頼られているばかりってのは、やっぱりフェアな感じがしない。両方とも自分の力を発揮しないことになるから。つまりね、頼るときもあるけれど、頼られたときにもちゃんと応えることが出来るような、そんなふうにお互いに頼ったり頼られたりっていい感じの関係性のなかにあると思う。
ほら、大阪に『やりもらい』って言葉あるけれど、あんな感じにちかいものよ。それはして貰ったことに直ぐに何かをお返しするって感じじゃなくてね、後になってからでもその人が必要になったときに、手を貸すとか・・・。そうやって人は関係を作り上げていけるような気がするけれど?
その意味では「相互依存」っていうことね。それから、「自立」と「自己実現」は違うものって考えているのね。うう~ん、難しいなあ。どうなのかしら、そこって。そこのところ、もう少しどんな考えなのか教えて貰えない?
でも、あなたにとって「自分らしい生きかた」って凄くはっきりとしていることが良く分った。ずっと、絵のことに拘ってきたものね。
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ひさしぶりの沖縄からの電話。琴音さんからだった。彼女とは数年前にひょんなことから出会った。
沖縄県那覇市の国際どおりを歩いていて、ふと目に付いたA5サイズのチラシ。
アジアンテイストの小さな宿屋「玉水」。すぐに電話して翌日泊まった。それ以来友達となったわたし達。友人や知人にも「玉水」を教えた。
数年を経て「玉水」は閉じられた。
彼女は気持ちの趣くままに自分の歩みを進めた。そして残念なことでは在るが、二人の子どもを妊娠数ヶ月で失った。
その後、彼女は初めて自分自身の行くべき世界の入り口にたったのだ。
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志づ女
そうね、「自分らしい」っていったいどういうことをいうんだろう。よく「自己実現」とか「本当のわたし」って言葉を聞くけれど、そして、それって社会の中で花開くってイメージがあるけれど、あたしにはちょっとピンとこない。ほんとはそういうことじゃないんじゃないかっ思うの。
京都にきてからあるところでね、「夫に援助して貰って勉強しに京都に来ている」って言ったら、初対面の女性からこんなこといわれた。
「あなた、ご主人の仕送りで生活をされているっておっしゃったけれど、そういうのって外国じゃ馬鹿にされる話ですよ。女の自立をはたせていないってね。そう思いません?」って。
たしかに経済的な自立は女性にとっても大事だとは思う。人の稼ぎに依存しないで自分で稼いで自力で生活する、つまり、自分の人生を自分で舵取りをするわけだものね。
でも、そのことと、女性の自律ってかならずしも同質じゃあないって思うのよ。もし、自立の持つ意味がその彼女の言うとおりであれば、何らかのリスクを負っていて、社会の中で生きていくのが厳しいひとには、永遠に自立はないっていうことになっちゃう。そんなの変でしょ?
だから、言ってやったの。「かならずしも、そうとはいえないと思いますが・・・。社会の中で仕事をしていくことだけが、女性の自立といえるのでしょうか?私の場合、仕送りについては相互の了解の上でそれが成立しているわけですし・・・。こうはいえませんか?
それを獲得できたのも一つの能力だと」ってね。
そしたら、彼女絶句してしまった。彼女の自立は社会の中で認められル仕事をして、それで成功して高い収入を得ることと等しかった。
つまり、その評価の基準は自分の外側、例えば社会であるとか、会社であるとか、他者であるとか、そういった自分の外側が下す評価にあって、そこから形作られた「自分のありよう」が「自分らしさ」とか「自己実現」ということだったようね。
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凛子
夫にマルチ機能を求めないか・・・。私は無理だなあ。ある程度は求めてしまうわね。離婚したのは、夫の金銭トラブルが引き金だったけれど、もし彼が子供の親としての責任を充分果たしてくれたとしても、私は離婚したと思うわ。
もちろん最初は嫌いではなかったけれど、価値観の違いがはっきりしてきて、だんだん息苦しくなってきたの。無理している自分がいやだったわ。
でも今は納得がいく。自分の人生になった気がしてね。あのとき何故あんな間違った選択をしてしまったのかなあ。もっとも香さんのホロスコープの読み取りでは、この離婚も星がちゃんと語っていたみたいよ。
組み合わせによって確かに人って自分の出し方が変わるわよね。出会いによってともいえるけれど、まったく違う自分を発見することがあるわよね。前の夫も組み合わせが違えば、もしかして彼のよさが発揮できたのかもしれない。
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府立医大、漢方外来で定期受診をした。この間うちインフルエンザにすっかりやられまくっていたので、先生にそれを訴えた。
そうしたら先生は「漢方薬が効きましたね?」と仰るではないか。
「いえ、漢方薬じゃあないんですけどね・・・」と内心思っていたので、ちと反応が遅かったのをみて、先生はすかさずこうのたもうた。
「漢方薬が効いたって感覚は無かったですか?実はタミフルは漢方薬からできとるんやで・・・」
「えっ、ほんとですかぁ~??」
「そうや、あれは八角からできてるんや。でも八角を飲んでもインフルエンザには効かへんのや。八角の中の成分がウイルスに効くことに気づいたんは、西洋医学や。」
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凛子
でも・・・、彼にそう言えてよかったよね。この一言だけで、志づ女さんの気持ちが彼に充分伝わったはずよ。彼にはなによりもうれしいことばだったはず。
これ以上の愛の告白はないんじゃない?
わたしの場合は、つい最近まで、彼への気持ちをこのままお墓の中まで大切に持っていくつもりだったのよ。なぜかしら?急に精神的ストリップをしてしまったのよ、志づ女さんに。
そうしたら「私がこの世に産まれてきた目的は好きな人の子供を産むことだった。」といった私の言葉にあなたが凄く感動したでしょう?このことに驚いたのよ、私。
だってこんなことあたりまえすぎて誰も言わないと思っていたから。
それにその目的を果たせなかった自分が、神様から与えられた若い時間を無駄に使ってしまったという思いがあったの。課題をひとつやり残してこの世を終わるのかという、敗北感のような気持ちでいっぱいだったのよ。
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《この人の子どもを産みたい》
突然、バーで飲むことになった。ある集会のあと、それはたまたまのことであった。何年かぶりに会う彼は、最初の出会いの頃より落ち着きを増してステキな男性になっていた。
わたしは内心とても嬉しかった。相手の成長をみることはなんと幸せなことだろう。
彼はあれから忙しい時を過ごし、少しは良い仕事をするようになっていた。
年賀状だけのやり取りが数年間あって、その間に同居人を得た事は知っていたが、それはどうでもよかった。正直なところ、どうでも良いこともなかったのだが、それをどうこういったところで、こちらが何かできる訳ではなかった。
わたしは彼のたたずまいのちょっとした隙間に、彼の孤独を感じ取っていたから。彼を支える存在があることは、少なくとも彼にとって良いことだと思えた。
両肘をテーブルについて、額にしわを寄せ、時々手をそこに押し付けながら、静かに瞑目する彼の姿を幾度見たことだろう。
けっして弱音など吐かないひとではあったが、その内面に苦しみや孤独のあることをわたしは見逃していなかった。
だからといって、その事を指摘することもなかったが、それを分かち合うことのできないさみしさがわたしにはあった。
おおっぴらにすきだとは言えない相手であったから、いわば忍ぶ愛であった。彼の事を思うたびにからだは熱くなり、どうしようもない自分を疎ましくも思った。
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志づ女
苦しかったけれど、今思うとすごくステキな
恋愛があったのね。羨ましいくらい。
あたしは恋愛なんてことには全く縁遠かったし、むしろそれを封じていた感もあるわ。それはあなたと同じ。
封じ方はあなたとぜんぜん違うけれど、やっぱり、自分の中の「女性」を封印していこうとしていたみたい。
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凛子
―その後―
彼と別れたあと、ふと思った。私は今まで生きてきて、「生きた」と思える日は、彼を想い続けたあの苦しかった一年間と、無心で絵を描いた日々だけだった、と。
「女のしあわせ」という言葉が頭のなかにずっと残った。「女のしあわせ」を、「好きな男に抱かれることだ。」と彼は言ったけれど、いつのころからか私は、そのあとも望んでいる自分に気づいていた。
「子供を産みたい」と彼に言ったに違いない。
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凛子
―そして、一年後の再会―
彼から別れを告げられてから一年たったころ、そのころは、彼とのことは記憶の奥にむりやり押し込んで、毎日仕事に集中していた。
そんなある日、彼から突然連絡があった。
私のことを「疲れる」といって離れていった彼が、一年の時を経て私に連絡してくれた。「疲れる」
私のことを忘れられなかったんだ。「愛していれば何でも許せる」といった彼。
嬉しくてすぐに、彼のところへとんでいった。「これでハッピーエンドだ。」と心の中でさけんでいた。
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凛子
「彼が別れたいと言うのだからしかたがないんだ。縁がなかったんだ」と、頭では理解できるのに、彼のことを思い出すたびに胸がいたくてしかたがなかった。頭と心はべつべつなものだということを、この時はじめて知った。
彼を疲れさせたものは、何だったのか。
私は、いつも自分をガードしていた。彼が心の中にはいってきても、自分の感情に身をゆだねることを躊躇していた。傷つくことを、異常に恐れていたからだ。
彼はよく「愛していれば、何でも許せる」と、言っていた。そのことからいえば、「彼は私を愛してはくれなかったんだ」と思った。
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凛子
S先生の言った通りだった。私はすっかり自分を見失ってしまったのだ。私の感覚は、すっかりバランスを崩し、いつのまにか、見本と同じ色が作れなくなっていた。
彼が私をどう思っていたか。彼から愛の告白があったわけではない。でも私は、出会ってすぐに、私たちは「同類」だと直感した。「同類」だからわかる。
彼も私とまったく同じで、この突然のできごとにどうしていいかわからず、うろたえたにちがいない。彼の恋愛経験からしても、通りすがりの、何一つ知らない女を好きになったことは今度がはじめてだったはずだ。
彼とはそれほど多く会ったわけではない。だからどんな顔をしていたか、一つ一つの造作を思い出せないくらいだ。でも、彼の声も、二つにわれたあごの形も、笑った時ほおに出るくぼみも、おしりの形も、なにもかも心地よく感じられた。
磁石のようにとよく言うが、近づいてしまったのだから、吸い寄せられるしかなかった。
彼の年齢と職業は、知り合ってすぐに知った。でも、彼の人格も、家族関係も、過去も、何も知らないのに強く惹かれてしまった。
「もし、他の世で、私が遊郭の中の遊女だったとしても、格子の向こうにいる私を見つけてくれたに違いない。」と思った。そして私も、仮に彼が死をまつ受刑者だったとしても、彼を好きになったに違いない。
ある友人が言った。「電車の中なんていうのは、どんなところよりも不特定多数のひとのいるところよ。そんななかで、何も知らない人を好きになるなんて、あなたっていうひとは!」
「でもそこまでにおもえる人には、一生のうちで一人か二人くらいしかめぐりあわないものよ。あなたはこの人と結婚すべきよ。」と。
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ラジオカフェで今度やる特番「天鈴花のなんくるないさぁ~」from沖縄の打ち合わせをしていた。
と、そこへ・・・ひとりの人が・・・。
「あれぇ~?岳さん?じゃない?」
「おお~!}と二人目が「・」状態。
「岳さん、桐山岳広さんではないか~。ど。どうしたの?なんで京都にいるの?で、京都へは何しに・・・?」と矢継ぎ早に質問するわたし。
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凛子
―出会いから最初の別れまでー
彼は、出会うなり、あんなにもガードの固かった私のこころのなかへ、いとも簡単に入り込んでしまった。
彼に出会ってから私は、何日でも寝ないでいられた。眠らなくても平気でいられるから不思議だった。急に身体中の細胞ひとつひとつが呼吸をはじめたように感じた。
恋愛映画もよくみていたし、恋愛小説もたくさん読んでいた。
でも、自分がまさか急に、こころの準備もしないまま、こんな大きな渦のなかに巻き込まれてしまうとは!
何回か会ったり電話で話をしただけなのに、自分が自分でなくなってしまった。思いがけない自分を楽しめる余裕などなかった。
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凛子
あの話を聞いた時に、ふっと、これまたその気になったのよね。不思議なんだけれど。志づ女さんが話してくれたあと、ふっとその気になったのがすごく不思議。
志づ女
そう、あなたもあたしと同じように、ふっとそう思ったのね。そうよね、まさか、沖縄行きが凛子さんに先を越されるなんてちっとも思っていなかったもの。
だから、その思い切りの良さっていうか、それと未来に対する信頼感っていうか、それがとっても強いんだなあって思ったの。だからすごい人だなあって思った。
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代謝が悪いと漢方医にいわれて、少しだけ気になっていた矢先、堀川商店街の中に「ラドン岩盤浴」なるものを発見。
ふところもやや寂しい限りなのだが、調子が悪いよりはいいと思って早速行ってみた。玉川温泉に行くことを考えれば、手軽に岩盤浴を楽しめるもん。
久しぶりの岩盤浴だったためか、あまり汗がでずチト期待はずれ。やっぱり相当代謝が悪くなっているのだろうか・・・?
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志づ女
さて、市役所まで歩いていくとなると、いったいどれ位かかるかって言うとね、マンスリーマンションから普通に歩いて行っても、多分、30分くらいはかかると思うの。
市営地下鉄の東西線に乗っていけば、多分7分くらいで「市役所前駅」に着くと思うけれど、最寄の地下鉄駅まではマンションから歩いて5分くらいかかるから、結局自転車に乗るまでにまた時間がかかる。
そこまでとりに行って、そこから用事を足しに出かける訳だったら、歩いた方がよっぽど早い。
ああ、たかが駐輪場、されど駐輪場。
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昨日は背中が痛かったけれど、府立医大の受診日だったので、痛い身体をやっとのことで運んで受診したのです。府立医大には「漢方外来」という科目があって、わたしはそこに受診している。
高校時代の友人からの紹介でなんとか受診にいたったのだが、大学病院と言うのはすっごくひとがおおくてかなわない。
やっとのことで番が来た。担当の三谷先生に事の次第を告げると、二種類の漢方薬が処方された。
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なんと!今日から11月になってしまった。(なんだか毎月そんなこと言っている感じがするけど)しかも今日はゾロメの11月1日。
ところが、昨日から背中が痛い。肩甲骨の辺りから背中が全部痛い。
身体をねじったわけでもない。あえて言えば、昨日は初めて朝のお作法で「鈴」を鳴らしてみた。
その後から急に・・・、首から背中にかけて曲がらなくなってしまった。なにをしてもだめ。
この責め苦はナンだ~。なにかいけないこと、したかなぁ~。
明日はラジオの収録があるというのに、背中がこんなでは気持ちも浮かない。接骨院にいこうか・・・、整形外科にいこうか・・・、お風呂作戦にしようか・・・と迷っている。
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ところが、夕方になって分った事。このマンションには自転車が置けない!もう少し正確に言うと、マンションには駐車場も駐輪場もあるのよ。
でもね。マンスリーマンション仕様の利用者は、そこに置く事はまかりならんって言うじゃない。もう、びっくり、びっくり。畳み掛けるように「無断で置いたら撤去します」ってとてもまじめそうな管理人が脅かすのよ。
仕方ないから部屋に置くしかないって思ってね、持って上がろうと思って、マンションの入口でハタと気がついた。
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凛子
まったくその通り、本当にパワーが必要。でもさぁ、空間って大事だからね、快適にしたいわよ、誰だって・・・。
志づ女
そうそう、最大の出来事っていえばね、自転車。ほら、京都って碁盤の目のようになっているじゃない?
まず、この町を知るには「道だ!」って思ったから、最初は道を知ろうと思ってね、京都に引っ越した当日にマウンテンバイクを買いに行ったの。
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朝一で電話があったのです。彼女は高校時代の同級生。心優しく、頭もよく、かわゆい・・と天は二物を彼女に与えたもうた・・・。
で、結局何時間電話で話したんだろう??ま、いっか、
彼女は今「漢方医」なるものをしている。出自は現代医学だが、それに限界を感じての転身。というか、漢方医のほうが肌に合っているらしい。
でも途中からの転向って勇気があるな。なんでも漢方医はあまり儲からないそうな。でも、彼女の姿勢はきっと患者さんから支持されることだろう・・・。
なんといっても気持ちがいいんだ。それは彼女のハートがきっとclearなんだろな。
ということで、今朝はお昼頃までお電話タイムですごした天鈴花でした。あまり飲んだ記憶もないけれど、何だか今日は頭が痛い・・・。
沖縄から帰ってきてまだ、身体は向こうなのかもしれない。あっというまの一週間だったな~。
今度は「冬至」に沖縄へ行くつもり。そのときは、もちろんゴホウラ型にくり貫いた門から「カタカムナの火」がともる玉城を見るためです。
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志づ女
引っ越す前に猫のこととてもこだわっていたけれど、動物の事を考えているというよりも、まるで自分の子どもを里子にでも出すのかってほど真剣だったわよね。あなたの家には5匹くらい猫ちゃんがいたんだっけ?他の猫はもらわれていって、たしか二匹残ったのよね。
凛子
そうなのよ。其のうちの一匹がさくらこっていうんだけれどね、さくらこは鼻気管炎という病気を持っているから、野良猫としていきていくのはとうてい無理だと解っていたしね。
そんなわけで、この3件の物件のなかから選ぶしかなくてね。権利金、敷金などの他に、家賃の1か月分をネコ保証金として払って、今の所に決まったの。アメリカ住宅といわれるタイプの、2階の部分だから、夏の暑さは予測できたし、浴槽がなくて、だだっ広いシャワー室にも驚ろいたわ。
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今日は15日。京都大学の北にある「百万遍・智恩寺」で、月一で開かれる手作り市の日です。空模様はちょっと怪しかったのですが、日中には快復して人手もすごかった・・・。
10数年前に出会ったある修道会のシスターたちがここにお店を出しています。「イエズスの小さい姉妹友愛会」という修道会です。彼女たちは近鉄の向島駅から15分くらいのところに長屋の一軒を借りて、そこを修道院にしているという、実にユニークな修道会なんです。ここのほかに弘法市にも店を出しています。
彼女たちが売っているのは、長野にある同会のシスターたちが作った、梅干や梅シロップ、手作り石鹸、そして薬草茶などなど・・・。
手伝うつもりが、却ってもてなされて、たいていの場合お腹を満腹にして帰ってくることが多いんです。手作りのサンドイッチ、インドの方からいただいたという紅茶でいれた、ちょっとスパイシーなチャイのような感じの飲み物、そしてパイナップルが今日のお昼でした。
有難う・・・シスター!!いつもこうしてご馳走になって話をして帰ってきます。さまざまな修道会がある中で、わたしが一番気に入っている修道会なんです。
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**************************************** A Great journy toward my Engaged Dream やっぱりやりたいことがある それならとぶっきゃないじゃない・・・・ 凛子と志づ女 -4- **************************************** 《彼女は南方へ飛んだ》
「今日さぁ、水納島(みんなじま)にいってきたわよぉ」
友人は朗らかな声で電話の向こうで笑った。
特段の知古があったわけではないのだけれど、とにかく沖縄へと一気に飛んだのだ。なぜそこなのかを問う必要は無い。南方なのである。沖縄は。
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沖縄に行った友達と電話をするとゆうに2時間は越す。お互いにもがきながら、それでも前を向いて歩いていこうと最後には確認しあうのだ。それだけのことなのだが、そこにたどり着くまでに、やっぱり2時間はかかる。
今日は2時間18分。なにもそんなに話さなくっても・・と思ったりもするが、お互いに一匹狼なのでたまには同類がいることを確認したくもなるものだ。
夕焼けになるような時刻までじゃべってしまったけれど、やっぱり今日の結論は「がんばっていこう」ってことだった。
何をどうがんばるかは、それぞれにしかわからない。でもとにかく「がんばる」のだ。もうそれしかわたしたちには道が無い。
そう話していたら急に高田渡のことが話題に上った。渡さんはちょっとしたことがきっかけで身近な存在になった。
わたしが最後にあったのは「京都メトロ」であったライブだった。ライブが終わって「渡さんお久しぶり!!」と声をかけると、彼は開口一番「まだ死んでなくてごめんね」と言った。
「何言ってんですかぁ~」と声を返したものの、彼のことばが少しばかり気になった。それからほんのわずかの間に、渡さんは逝ってしまっ た。あまりのあっけなさに残された方がなんだかオイテケボリをくったようで、妙な気分にされた。でも、そのほうが渡さんらしくて妙に納得もしたのだが・・・。
今日、沖縄の友人と話したことは、渡さんの生き方だった。彼は「本当に自分自身をいきたひと」だったと思う。
あのように生き切ることがわたし達にできるだろうか・・・、そんな話だった。渡さんのように「ちゃんと自分自身を生きる」ことは出来ないかもしれない。でも、わたし達がかろうじてできることは、不器用にでも「自分でありつづける」ということだ。
だから、やっぱりわたしにとって「がんばる」ってことは「我ん張る」ってことになるのかなぁ?
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哀しいことがあったら、あなたはどんなふうにそれを乗り越えますか?
今日、天鈴花はちょっとだけ哀しいことがありました。具体的なことはいいませんけれど、とにかく、わたしにとってしばらくぶりに哀しい出来事でした。
それでも、また明日を生きなくてはなりません。そんなとき天鈴花はこんな風にして乗り越えます。
それは・・・、「わたしはわたし」と思うこと。ちょっと理屈っぽいかもしれませんけれど、相手の感情に巻き込まれないってこと、これが大事だと思っているんです。
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A Great journy
toward my Engaged Dream
やっぱりやりたいことがある
それならとぶっきゃないじゃない・・・・
凛子と志づ女
-2-
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凛子
とうとう志づ女さんも京都に行ったのね!
何年も前から沖縄の事を話していたから、いつかは沖縄に行くのかなあと思っていたけど、「京都」は思いつかなかったなぁ。
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A Great journy
toward my Engaged Dream
やっぱりやりたいことがある
それならとぶっきゃないじゃない・・・・
凛子と志づ女
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凛子と志づ女は同世代。すでに世で言うところのおばさん達だ。 二人とも北関東の小さな都市で生まれ育った。 生まれてからずっと、身の回りに立ち起こってくる様々なことに何の疑いもいだくことなく、あの町で親に言われるままに生活してきたのだった。
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毎朝ちゃんと目が覚めるってことって、なんだかとっても不思議。夜寝るときに翌朝ちゃんと目が覚めるという保障など無いのだけれど、みんなあたりまえのようにして床に着く。
これって、とっても明日という未来に対してなにかを託しているような気がしませんか?つまり、未来に対する信頼のようなものがあるからですよね。
友達のひとりがある日こんなことを口にしたことがあります。「また、明日が来るって思うと気持ちが重くなる。」彼女がどんな気持ちでいたのかわかりませんが、そんな風に思うこともあるかもしれませんね。それに、彼女は・・・
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今日は「9・11」
全世界を震撼とさせた事件が起きた日です。
これほどとは言わないまでも、人生にはさまざまなことが立ち起こります。
これからお話しする「ものがたり」は、二人の女性が人生半ばを過るまでのさまざまな出来事を通じて、自分にとって大切なことを見出していった軌跡なのです。
「人生には、しなくてはならない大切なことが二つある・・・」
それはいったいどんなことなのでしょうか?
明日から堂々の連載です!!
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このブログのライターである「天鈴花」は次のようなことをしています。
京都三条御幸町に「京都三条ラジオカフェ」という、日本初のNPOコミュニティFMラジオ放送局があります。
そこでこのブログとリンクする「天鈴花のなんくるないさぁ~」という番組を放送中。天鈴花が沖縄や各地で出会ったひとびとや出来事から学んだことから、生きていく「智慧」を語っています。
また、「鎮魂」が人生のテーマである天鈴花はこんなこともしています。
ご関心のある方は是非ごらんになってください。あなたの人生の「Happy」と「Success」へのお手伝いをさせてくださいね。
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子育てと仕事をして30有余年。末息子が琉球大学に入学したのを機に「子育て卒業宣言」したわたしは、ご縁あって京都に移動しました。
なぜ京都かって?実はわたしにもこの流れがよくわからないのです。どうしても京都でなきゃぁって思ったわけでもないのですが、どうしてか京都になってしまいました・・・・・。
関東人のわたしにとって、京都から先は「関西」というひとくくりの世界でした。でも移り住んでみると京都と大阪では完全に異なる世界だったのでした。
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「しあわせ」ってなんでしょう?勝ち組になってお金持ちになることでしょうか、それとも・・・?
「しあわせ」って何をさすのかは分かりませんけれど、誰しもが一番欲しいものはきっとこの「しあわせ」というものなのではないでしょうか?
一概に「しあわせ」といってもひとさまざまです。ですが、誰かがきめてくれたような「しあわせ」はホンマモンではありません。
それに「しあわせ」は青い鳥のように、なぜかいつのまにか手の中から零れ落ちていってしまうこともあります。
それでも、あきらめないで・・・
さあ、「しあわせ」を見つける方法を手に入れにいきましょう。きっと、人生「なんくるないさぁ」(きっとどうにかなるものですよ)!!
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