飛鳥寺で・・・お~っとぉ~!!

太子の湯から出るとそぼ降る雨。温まった身体にひんやりとした空気が心地良い。

しばらくすると村内を経巡る「亀バス」が到着。勢い高松塚へ・・・。

高松塚古墳は資料館などを含め、一体が公園になっている。ひろびろとした風景はどこかに似ていた。よく考えると・・・奄美大島の何とかイウ公園に感じがよく似ている。ふと奄美の光景が目に浮かぶ。

だが、ここはヤマト。奄美であるはずは無いのだが・・・太古の昔、ヤマトと南西諸島のつながりがあったということをふと思い出し、共通する香りを感じる。

080524_135201 そして・・・

高松塚古墳へ・・・。

レプリカのある資料館はこじんまりとしたところで、何となくほほえましいサイズでほっとする。

巨大なスケールで展示されるより、このほうがずっといい。

高松塚古墳はグランドシートで囲われ、肝心の古墳の様子はわかりようも無かったが、丘陵地を利用した入り口の感じは見て取れる。

高台にあったと思われる高松塚古墳、今でも墓地は高いところに作られることが多いが、太古の昔も慰霊には高さが必要だったのだろうか・・・?

そんなことを思いながら・・・はて、次はどうしたものか・・・と思いつつバス停へと戻るのだ。

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ああ・・・教科書で見た「石舞台」が目の前にある!!

小学校から高校あたりまで歴史の教科書に欠かすことなく(多分)出てきていた「石舞台」

080524_100601 そう、蘇我馬子の墓と言われている例のヤツ。

飛鳥村村内には「金バス」というのと「かめバス」というのが走っている。村内をわりと頻繁に走り回っていて、意外と村内は移動に便利なようになっている。

そこで、さっそく「石舞台」方面へ走るバスに乗り込み、いざゆかめやも・・・。

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あららら・・・こう来たか・・・!

080524_080101 飛鳥資料館であっという間に壁画と対面できたのはいいのだが、何せあっという間の出来事ゆえ、その後をどう過ごすかが問題になった。

というのも、最終日前日のことゆえ恐らく長く待たされるだろう・・・と踏んで、一番列車に乗って行ったのはよかったのだが、思いのほか早い時刻の入館とあいなり、肩透かし状態となったわけなのだ。

大いに読みが違ったことになる。

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男根??

朝早くに明日香村に着いてしまったわたしは、さっそくバスに乗り込み飛鳥資料館へと行き、あっという間に壁画にご対面した訳なのだが、いかんせん気が抜けるほどの「楽勝」見学だったものだから、朝飯前仕事となったということのだ。

再入館と言うわけにもいかず、写真展示や常設展を見たりしたものの、そんなものはすぐに見れてしまい、外に出るしかない。

ここはかなりの肝いりの資料館らしい。庭はよく手が入れられていて美しい。また、明日香村に点在していた石の像がまるで近代美術作品のように据えつけられている。

080524_091301 中でも目を引くのが男根のような塔である。

どうやら須弥山に見立てた噴水の装置(!)らしいが、どうみても男根だ。古代のひとびとはおおらかだったんだなぁ~、いやいやひとと言うものはそういうものなのか・・・などと想像をたくましくしながら、そそり立つその男根、いやいや、塔をまじまじと見たのだった。

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さぶっ!!

ご縁あがって、実はわたくし、さる某有名○立大学医学部の「模擬患者」なるものになったのだ。

そして今日初めてその会にでかけたのではあるが、にんともかんとも・・・。

うう・・・ん、指導教官というか担当教官さん、これってさ・・・、いいんかいなぁ~??

詳しくは言えないが、一度チャント考え直した方がいいんじゃないのかな?此れって、トレーニングって言わないかも・・・。

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こんばんは

映画こんばんはを見に行った。夜間中学の話である。

まぎれもなく、現代日本のことである。

「学校」というところが子どもたちにとって過ごしやすい空間でなくなってから久しい。

かく言うわたしにとっても、学校と言うところはとても苦しいところであった。いまでいう不登校ぎみだったのだろう。わたしの小学校時代から始まる長い長い学校生活には、この映画に出てくるような教員などいなかった。

それはわたしにとって、ある意味で不幸であった。

しかし、ある意味で幸いであった。わたしは勝手に学んでいた。

不登校と言うことばは大昔にはなかった。子どもながらに智慧を働かせ、「風邪をひいた」と言っては休み、「喉が痛い」と言っては休み、そして「お腹が痛い」といっては学校をサボった。親にばれないように医者へもいった。

実際のところ、上手く熱も出てくれたし、お腹も痛くなってくれていた。

そんなわたしの様子に一番敏感だったのは、祖母だった。祖母には生前よく言われたのだが「おまえは病気になる前はすぐ分かる。ちゃんと絵に描くからね」

おお・・・、そんな小さいときからわたしは「巫女」であったのかぁ~!!

学校に行っても楽しいことは余り無かった。

不幸なことに、少しは成績がよかったから、先生には常に取り立てられた。

そして、何かにつけてあらゆることに選ばれた。学級委員、歌のコンクール、絵画展、書道展、硬筆展、作文、そして学力コンクール。

それが苦しかった。

おりこうさんを演じていたわけではないが、わたしなりに辛かったのだろう。

良い成績の何でも器用にできるおりこうさんであること。

教師たちのバカさ加減は、高学年になると手に取るようにわかった。

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沖縄・神界のフィールドワーク プロローグ(放送篇)

こんばんは、天鈴花です。日中の暑さや雲の形もさることながら、夜ともなるとほんの少しだけ秋が感じられるようになりました。

Img_1742

さあ、今日は九月九日、そう「重陽の節句」でした。

そこで今日は「自然と向き合う・神行事」ということについてお話しすることにしましょう

ところで「重陽の節句」ってあなたはご存知でしたか?

古来より奇数は縁起の良い数字とされていて、11の元旦、3/3の桃の節句、5/5の端午の節句、7/7の七夕、9/9重陽の節句をもって五節句と呼ばれています。

そして、一番大きな数字(陽の数)が重なるこの節句こそが、平安時代の初期から宮中などで公式に最も盛大に行われた行事だったそうです。

そもそもこの行事は不老長寿や繁栄を願うお祝いだったそうです。「菊」が祭られた事もあってか、菊の御紋章とゆかりがあるのではないかとさえ思いたくもなりますよね。

ところで、平安貴族たちは重陽の節句に「菊の着綿」(きくのきせわた)といって、菊の花にかぶせた真綿で身体をこすり、健康を祈ったそうです。その際、時の天皇が臣下に菊を浸した酒を与えられ、身体をいたわったのだそうです。

さて、沖縄では行事はすべて旧暦で行われ、同じようにこの「重陽の節句」が祝われますが、意味合いは少し異なります。

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ホンのいい話

街には情報が溢れている。

特に最近はインターネット時代とか、マスコミがかきたてるからそういう時代なのかと錯覚してしまう感じだ。

それでも、大方の家にネットが普及しつつあるとしても、きっとまだ半分も普及などしてないだろう。

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完全数 28

今夜は満月。そして皆既月食。しかも28日。と、いくつかのファクターが重なり、多分わたし的にはエキサイティングデー。

今丁度月食が始まっているみたいだが、残念ながら☁☁が多くて見ることが出来ない。

完全数 28 と言うのをご存知の方もあろう。

映画「博士の愛した数式」にこの数字が出てくる。もし関心がおありの向きは、文庫本になった原作をお読みになると良い。

この「28」についてのうつくしい物語が載っている。

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祇園祭

寺町界隈ではすでに「コンチキチン」の楽の音。そう祇園さんのお囃子の音だ。何度聞いてもいい音だ。

P6160354_1 あの「カネ」本当に重たいものでビックリする。この間南観音山のお囃子お披露目会にいって、実際に叩かせていただいた。

あのカネ、さんじゃくで竿に芝って練習していた。さんじゃくはもちろん絹だった。さすがに京都だな。

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やっぱりいそがしいのはイカン!

仕事をしない生活を始めて4年経った。仕事をしないストレスというのも味わった。で、やっぱり仕事をしたい・・・・!と内心叫んではいるものの、京大を修了してからこのところ、たいした仕事もしていない。

最近になって友人が「親子をつなぐ学びのスペース」を始めたので手伝うことになってから、にわかに忙しくなった。

そして、京都三条ラジオカフェ「祇園祭フラッシュ」の取材・原稿書き・お勉強と・・・、いっそがしい~!毎日になってしまったみたい。

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なんとかならないかなぁ~。

沖縄の友達から朝一の電話。いつものごとく、未来への不安を語る。

「絵を描いていきたいから・・。やっぱりおんな絵描きになる!」と宣言して沖縄へ移動してはや満四年。

一方、我が息子は、精一杯の南方を6年間体験したあげく、「もう沖縄。十分味わいました・・。」と内地(?)に就職先をさがすことになった。琉球大学に入学したときには「もう家には帰らないよ。ずっと沖縄にいる。寒いのはいやだからね」。そんな風に宣言していったのに・・。どんな心境の変化があったか知る芳もないが、いずれにしても「行きて帰りし物語」だな。まあいいさ、どこにいても元気で自分の道を歩いていってくれれば。

だが、さきの友達にはまだ「沖縄」が必要なようだ。

というのも、この間の玉城の「夏至祭り」に向けて描いた「龍の絵」が、思いのほか売れなかったみたいで落ち込んでいるというのだ。それで意気消沈していたのだが、思ったような女絵描きデビューを果たせなかったことが、いくばくかのショックをもたらしたらしい。

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教育って・・・。

教育を語るには大変な労力が必要だ。

「教育」を語るのか「学校」を語るのかあるいは、「学び」のどれを語るかよっても、内容が微妙に異なってくる。

TVやラジオあるいは、さまざまなメディアで「教育」を語るが、いまひとつ要を得ない。学校教育制度のことと、教育、あるいは学びがごちゃ混ぜになっているから、聴いていると本質がかみ合わないところで、それぞれが言いたいことを言っているから、始末に終えない。

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天鈴花の「なんくるないさぁ~!(放送篇)

こんばんは天鈴花です。あっという間に6月になり、この番組は二年目に入りました。

この間「これは沖縄の紹介をする番組ですか?」という質問がしばしばありました。

確かに沖縄の香りを感じるとしても、かならずしも「沖縄」を案内しているわけでは無いということをあなたは感じてくださっているでしょうか?

では、わたしはこの番組を通じて、一体何をしているのか・・・といいますと、・・・、恐らくわたしが「体験」をとおしてわたし自身を見つめ、それを「声」に出すつまり「語る」という方法をもってして、最終的には「にんげん」のありように迫るという作業しているのかもしれません。

そこで、今日は「語り」ということについてお話しすることにしましょう。

いつだったか、立命館大学の学生さんから、「天鈴花さんはどうしてラジオ放送というメディアを選んだのですか?」と尋ねられたことがあります。

彼が言うには、「伝えたいことがあるのなら、<辻説法>でもあるじゃないか」というのです。

言われてみれば、確かに<辻説法>という方法もあるかもしれません。でも、わたしは僧侶ではありませんし、信ずべき経典を携えているわけでもありません。たまたまラジオというメディアと出会ってしまったのです。だからこうして「声による語り」を紡いでいるというわけです。

さて、「語る」という行為はある意味で、「歴史意識」の形成行為といえます。それは、今生きているわたしによって「ムカシ」のできごとが「イマ」との関係によって、意味づけられるものであるといえるそうです。

『過去→現在→未来という空間化、視覚化して一線上に配置された「とき」の捉え方は、文字文化とヨーロッパ語の時制概念によって作り出されたフィクションであることが、文字を用いない社会での「とき」の概念との対比で明らかである』と論じているのは、文化人類学者の川田(かわだ)順三さんです。

川田さんは、日本の例をあげ「無文字性」や「無文字領域」は、豊かに息づいていることを告げています。「声」と口伝え、身振り、図像の世界がそれです。「文字」が切り取ったり表したりする世界は、人間の伝え合いの限られたごく一部でしかないといっています。

さあ、ここで歴史は一気に上代に向かいます。

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A Great journey toward my Engaged Dream81

志づ女

つながりね・・・。あたしも父が死んでから自分自身がとても父に似ているって感じる事が多いの。

ものの考え方や行動、何かを見る眼、感覚など、こんなものまで父に似ているって思うことがあるんだ。若い頃はそれがすごくいやでね、それを消し去ろうと必死にもがいていた時期があったけれど、今になってなあんだ、結局、父親と同じような事やっているじゃないかってはたと気づく事も多いのよ。

それに今はそう嫌な事ではなくなっているの。不思議ね自然とそう思えるようになっちゃった。

それを凛子さんのいう、血のつながりといのなら、そうかもしれない。

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A Great journey toward my Engaged Dream80

凛子

共感覚について書かれた本には、多くの共感覚者が私と同じように、大人になるにつれてだんだんこの感覚が鈍ってしまうとある。一生自分の「共感覚」に気づかずに死んでいく共感覚者がかなり多いという。

親から娘へは、100パーセントの遺伝という研究結果を読んだとき、数年前に亡くなった父の存在がいままでとまったく違って感じられてきた。

私の父は、豊かな農家の長男として生まれ、特別扱いされて育ち、親の資本で始めたであろう事業も、ある時期まではそうとう隆盛だったらしい。 

ところが、戦後の混乱期に財産を全部失った。先を見る目がなく、新しい世の中についていけなかったようだ。どんな商売をやってもうまくいかず、それまでに経験したことがないであろう貧乏のなかで、最後は何を思ったか、水商売に入った。

苦労知らずで育った父と母では、当然うまくいくはずはない。だまされて、最後に残った財産である土地まで人手に渡った。

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A Great journey toward my Engaged Dream66

志づ女

そう言われる度、「日本に帰れないこともあるかもしれない」と思うことがしばしばだった。

しかし、現実の嵐のような生活の中で、子どもたちを守りながら、どういう選択が良いのか、わたしには全くわからなかった。自分自身でさえ何を信じていいのかわからない。

目の前では、こんなことがあってもいいのかというような、そんなTV番組にあるようなドラマが展開され、そんな疑心暗鬼の生活に神経をすり減らしていた。

それでも、現地の日系人は親切にしてくれたが、どの人が信頼するに値する人か、全く見当がつかなかった。逗留先が学校の理事長宅であり、その本人とわたしが対立したのだから、家にいて息をするのも苦しかった。

理事長は理由をつけて家に帰るのが遅くなり、わたしと顔をあわせるのを避けた。一方、彼の妻は開拓移民の日系三世で、日本人は自分の祖先だとは思うが、自分は日本人ではないとはっきりいった。それでも、わたしを気に入ってくれていて、何かにつけわたしを頼った。

豆腐の作り方や、ぶどう酒、それに納豆や羊羹の作り方さえ、彼女から初めて教えて貰って作った。

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A Great journey toward my Engaged Dream64

凛子

あのこと・・・って?

志づ女

あのこと・・・、そう、あれは1989年の冬、まるで映画の物語の様に・・・。

<

ターニングポイント>

あのころのわたしは自分自身が持つ良い所には目を向けず、陰のところだけを取りざたしていた。当然のように自信がなかった。それをいけないものだとして、排除していったのだと思う。だからあのころはとても自信などなかった。

わたしはわたしでありたかった。

でも、どういう風にしたらわたしでいることができるのかよくわからなかった。

団塊の世代に生まれたわたしは、声高に近代的自我の獲得が叫ばれていた時代に影響され、難しげな本をむさぼり読み、訳知ったように語った。

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A Great journey toward my Engaged Dream62

凛子

<絵のこと>

ぬり絵に夢中になったのが、絵にかかわる一番古い記憶だ。小学校にあがる前にい

つもいっしょに遊んでいた幼なじみの話によると、「二人でぬり絵をやってるとき、あた

しは飽きっぽくて雑ですぐいやになっちゃたけど、凛子ちゃんはていねいで根気強くす

ごくきれいにやった。」というから、そのころから「絵」には特別な思い入れがあったの

もしれない。 

私たちの年代では、小学校入学前の一年間は幼稚園に行く子供が多かった。でも私は幼稚園に行っていない。親が入園手続きを忘れてしまったからだ。

幼稚園は家のすぐ近くにあった。

私はその一年を一級下の幼なじみと園のかきねのまわりで遊んで過ごした。

園から聞こえるにぎやかな子供たちの声を聞きながら、そのかきねの向こう側の自分の知らない世界を想像して、多分にうらやましく思っていた。でも、毎日遊ぶその幼なじみがいたので寂しいということはなく、小学校入学をむかえた。

集団生活未経験ということや、早生まれ(二月生まれ)ということもあったのだろうか。小学校に入学してからの私は、何をやるのものろかった。担任の女教師には、あからさまに、「何をやってものろくて、はきはきしない子」といわれていた。

帰りの「さようなら」のあいさつの時のことは、いまでもよく憶えている。道具を全部しまったランドセルを机の上にのせ、両手を膝において「さようなら」というのが一日の最後のあいさつだった。

Okikawa_005 全員そろったところであいさつをすることになっていたのだが、みんなが片付けを終わらせて両手をお膝に乗せているのに、いつも私一人だけ必死に道具をランドセルに詰めているのだ。

そうするとその女教師が「さあ、終わっていないのは誰かな?」というのだ。この時のことは今でも思い出すたびに冷汗が出そうになる。

同僚の教師の娘を特別扱いしたり、身なりのきちんとしたはきはきした子をかわいがったり、そのころの教師は「ひいき」ということを大っぴらにやっていた気がする。

もっとも、持っているものはいつかは芽を出すとみえて、小学校二年のころには、この教師も私の絵の表現力に気付いてきたらしい。このころの成績表をしばらく後で見ることがあったが、それをみるとそのことがわかる。

そして以降、中学、高校と進むなかで、「絵」は唯一、ずっと私に自信を持たせてくれるものとなった。

学校は大して楽しい所ではなかったが「図工」がある日だけは違った。賞状も沢山もらった。けれど、それを欲しいと思って描いたことは一度もなかった。

ただ描くことが好きだった。ただ、それを他人に評価されたことが自信につながったといえば確かにそれもあるかもしれない。

何をやるにも相変わらず時間がかかる私だった。ところが小学校六年のときだった。

私は自分の時間を捨てた。

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頭が痛い・・・

毎日のように色々なことを考えている。つまり常に頭が忙しい状態だ。そうなると、常に「気」は上の方に上がっている。

頭を使うということは「mind」が優先されていることだ。mindが優勢ということは、ろくなことがない。

『下手な考え休むに似たり』ということだ。

昨日、東福寺に行ったが、修行僧たちは二時間の間座禅をするそうだし、朝の3時に起床、それからずっと座禅とか問答とかで一日を過ごし、4と9の付く日にしかお風呂に入らないそうだ。これは室町時代からずっと今日まで続いているとか。

P3080229 そして、9時には消灯らしいが、個人的に座禅を組んだり、勉強をしたりしているという。

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A Great journey toward my Engaged Dream60

志づ女

ほんと?うれしいなあ、あたしの言っていることが伝わってる感じがした。
でもね、あたしにとって表現するってことは、自己主張ともちがうのよ。表現するってことはね、思っていることが湧き出てきて、それがさらに外側ににじみ出てくるって感じなのよ。

それは伝わることを目的にしていなくてね、そう、どういったらいいのかな?
つまりね、伝える為に行為しているわけじゃないってこと。

P3080252 やっぱり、田中一村のような感じなのかなあ、なんだかわからないけれど、湧いてくるっていうのかなあ。

ちょっと無責任な発言に聞こえるかもしれないけれど、なにかをする為にって、目的を定めて自分を動かすんじゃなくって、どうしようもなく、それ以外でしかありえない状態が生まれてきてしまうっていうのかなあ。

現実を描きつつ、しかもそれが象徴性を帯びているような・・・。例えば「絵画」とか「詩」とかそんなような表現に近いのかもしれないわね。

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A Great journey toward my Engaged Dream58

凛子

エッ?そんな曖昧な感じでいいの?だったら気が楽だわ。解釈っていうか、どんな意味があるんだろうって考えるとよくわからないじゃない?そうすると気になってね、何とかわかりたいって思っちゃう。

ぼんやりとこんな感じなのかなあ、ってことでいいなら、何とか付き合っていけそうな気がするけれど・・・。

最近よく本屋さんで「夢解き」の本を見かけるけれど、あれってどうなの?ほら、「夢辞典」のようなものから、専門的なものまで。

志づ女

そうね、あたしも最初夢の勉強をした時、ドリームセラピストの先生が翻訳したものを頼りにしていたのよ。

でもね、所謂、万人共通の「夢ことば」はあるとしても、夢が個人的なものである以上、自分の問いにはやっぱり自分の「夢ことば」を見つけていくのが一番いいんじゃあないかと考えているの。

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コトバ・言葉・ことば

ああ・・・なんとkotobaと言うものは難しいのだろう・・・。

メールで問い合わせをした。文字にした内容は相手によく伝わっていないらしく、電話で説明したいと言って来た。

それほど難しい内容ではないはずなのに、返信をしてきた方には受け取れていただけなかったようだ。

どうしてそういう返信になるわけ?とわたしは??マークがしきりに頭の上に浮かぶ。

「話すこと」と「文章」・・これが微妙に表現すると異なる。自分が言いたいことを文章に表すことは、言いたいとおりに文字にすることとはどうも違うらしい。

なんとまあ、「ことば」とは難しいことよ・・・。実際、いまだって、表現したいことが「コトバ」なのか「言葉」なのか「ことば」なのか、なんだか微妙にわかりません。

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A Great journey toward my Engaged Dream56

志づ女

それから、日本にだってね、そう、古典文学にもね、夢の話しがたくさん登場しているの知っている?

それこそ、『記紀』の頃から江戸文学に至るまで夢譚はたくさんあってね、それに昔話のなかにだってあるわよ。

ほら、「だんぶり長者」とか「味噌買い橋」とかそう言った類の話から「源氏物語」や「更級日記」にだって夢は登場する。そういったことについても、たくさんの研究がされている。

わたしにとってはやっぱり一番身近で信頼をおけるものが「夢」なの。Okikawa_002

ただ、それは研究対象なんていう自分から遠くに隔たったものではなくて、最もindividualな、つまり、個人特有のもので、自分だけのものって感じかしら。だから、それを何とかわかりたいって思うのはあたしにとってごく自然だし、必要なこと。

それだけ夢の力を信じているって言えるかもしれないわね。

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無常であるということ(watasih篇)

小林秀雄ではないが、「無常であるということ」なんだなぁ~と思ったことをひとつ。

末息子が帰っていった。就職活動(今はシュウカツというらしい)で沖縄から出てきた。出てきたというか、琉球大学の修士課程にいる息子は、シュウカツをするには沖縄から出てこなくては話にならない。

早生まれの早産という二重のハンディを負っている息子は、何事もおっとり構えている。

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A Great journey toward my Engaged Dream55

志づ女

なにがちがうか・・・、そうね、違いはないと思うけれど、あえて言うならば、「夢に対する態度」が違うとはいえるかもしれないわね。

つまりね、「夢」をハナから絵空事としてみるか、それとも象徴的なことば(内なることば)としてみるか、そのあたりがどうかってこと。

「夢」っていうのはね、古代は「イ(寝る)メ(見る)」と言われていたの。つまり、寝ているときの目ってことよね。

よく、夢はレム睡眠とノンレム睡眠、とくにレム睡眠の仕業と言われるけれど、あれだって眼球が動いている事が観察されて導き出されたことでしょ?いずれにしても、「目」に関係があるってことは言えるんじゃあないかしら?Okikawa_083

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「学校」と「まなび」 -団体と個人ー

一昨日だったかな、NHK教育テレビだったと思うのだけれど、「文体」のことについての授業をしている番組があった。

わたしは教師ではないけれど、教育には関心がある。三人の子どもたちを一応育て上げた(正確に言えばまだ末子が院生なのだが、もう手を離れているのと同じ。手の出しようのない沖縄にいるんだもん)が、子どもたちが小さい頃から、既に学校は死んでいると思っていた。

すくいようのない学校と言うところの実態と言うか現実に、親として子どもを公教育の場に送り出している責任を感じた。Okikawa_305

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A Great journey toward my Engaged Dream53

そういえば小さい時、度々わけのわからない自分のからだを体験していた。よく言われる、「かなしばり」だったと思う。

だから夜になるのが不安だった。またあの感覚に襲われるのではないかと思うと、夜中でも不安になって目が覚めた。夢うつつのなかで、自分のからだがどうにも動かないことに気づく。

「またあれだ・・・。」

頭は冴えているのにからだがどうにも動けないのは苦痛以外のなにものでもない。声も出せないから、隣に寝ている祖母を起こすことさえ出来ない。

どれ位の時間をそんな風にすごしただろう。頭の中でからだを動かすイメージを働かせ、気持ちだけを動かしてみる。右にそして左に。そうこうしているとしばらくたったある瞬間に、ある感覚が訪れる。あっ、動かせそう・・・。

そう思うとすっと自分のからだの感覚がもどり、でもその時にはかならず落下の感覚が伴っていたのだが、ドスンと床に落ちた感じがする。それと同時にからだが実感されて、自分の動かしたい方にからだがスッと動くのだった。

そんな事を何度も体験しているうちに、からだが動かなくてもそれほど不安な感じにはなくなり、そんな状態が訪れるのにも慣れてきていた。

からだもそんなふうであったが、わたしはかなり長い期間、とてもよく夢を見ていた。

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A Great journey toward my Engaged Dream52

志づ女

そう、ずいぶんとはっきりしてきた。

それと、自分であること、つまり、ありのままのあたしでいることが、あたし

の自信に繋がってきたようよ。「自信のないあたし」っていう、着ぐるみを

脱ぎ捨てつつあるかもしれない。

本当はダメな存在じゃなくて、けっこうイケてたのに、勝手に自分でそう

思えなかったみたい。どうしたら変わったのかっていわれてもね、わからな

いのよ。気がついたらそういう自分になっていた。

ただ、こんなことはいえるかもしれない。

 

   《あたしがあたしであるということ》

自信というものがどこからくるのかわからないが、気がついたらそうなっていたということはいえるかもしれない。そしてそれは、ほとんど恩寵というものにちかいように思う。

いくら努力しても到達できないことはいやになるほどたくさん経験してきた。もっとも、努力ということ自体が、あまりわたしにはなじまないことではあるのだけれど。

学校の成績にしても、容姿に関することにしても、はたまたがまんするこ

とにしても、わたしほど努力にから遠い人間は他にいないと思う。

ただ、唯一、これは結構やってきたなということがある。それは<納得できるまで喰らいついて諦めない>ということだ。

小さいときから何ごとにつけ知らない事を調べることは億劫ではなくて、むしろ好きなことの部類だった。

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A Great journey toward my Engaged Dream48

凛子

いつのまにか志づ女さんとはもう20年のつきあいになるわよね。世間的にはしあわせな奥さんでお母さんなのに、いつも何かをさがしていたわよね。

それは、「自分らしくいきること」だったのかなあ。私たちは、奥さんお母さんで満足できないところが似ているみたい。私にとって「自分らしい生き方」ってなんだろう?

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A Great journey toward my Engaged Dream47

凛子

夫にマルチ機能を求めないか・・・。私は無理だなあ。ある程度は求めてしまうわね。離婚したのは、夫の金銭トラブルが引き金だったけれど、もし彼が子供の親としての責任を充分果たしてくれたとしても、私は離婚したと思うわ。

もちろん最初は嫌いではなかったけれど、価値観の違いがはっきりしてきて、だんだん息苦しくなってきたの。無理している自分がいやだったわ。

でも今は納得がいく。自分の人生になった気がしてね。あのとき何故あんな間違った選択をしてしまったのかなあ。もっとも香さんのホロスコープの読み取りでは、この離婚も星がちゃんと語っていたみたいよ。

組み合わせによって確かに人って自分の出し方が変わるわよね。出会いによってともいえるけれど、まったく違う自分を発見することがあるわよね。前の夫も組み合わせが違えば、もしかして彼のよさが発揮できたのかもしれない。

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玉城へ・・・☆彡

玉城へ・・・こころは飛ぶ!

明日の「冬至」の玉城へ・・。玉城って??あなたはご存知ですか?

沖縄本島南東部にある玉城は「斎場うたき場所にあり、海の向こうには沖縄では神の島と呼ばれる「久高島」が臨めます。

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縁は異なもの・・・岳さんじゃない?!

ラジオカフェで今度やる特番「天鈴花のなんくるないさぁ~」from沖縄の打ち合わせをしていた。

と、そこへ・・・ひとりの人が・・・。

「あれぇ~?岳さん?じゃない?」

「おお~!}と二人目が「・」状態。

「岳さん、桐山岳広さんではないか~。ど。どうしたの?なんで京都にいるの?で、京都へは何しに・・・?」と矢継ぎ早に質問するわたし。

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A Great journey toward my Engaged Dream35

志づ女

その決心がついてから、あれよあれよという間に、話しが不思議と決まっていってね、あっという間に全てが整っちゃった。

上手い具合に学校も入れることも出きて、住む所もまあ、いろいろいきさつがあったけれど、今では落ち着いて気に入って住んでるしね。

そう、あの星の動きに押し出されるようにして京都に飛んだってわけ。

なんとも非科学的って思われるかもしれないけれど、2000年のデータベースを読んだら、こうなっちゃったってことかしら?

まさに、前近代的な発想。でもね、これってとっても大切な事だと思うのよ。なにかが動いているって感じ。その気配を感じるってこと。

科学的っていったいどういうこと?科学的であることや、理性的であることが、今は上級なこととする風潮があるけれど、もしそれが本当ならその近代ってヤツはあたしたちをどれくらい豊かにしてくれたり、幸せをもたらしてくれたのかしら?

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A Great journey toward my Engaged Dream31

志づ女

そう、星座って、勿論、季節によって天空の星空は変わるけれど、今年のこの星座はここにはなくて、あっちにありますなんてこと絶対ないじゃない?

ものすごいスパンでみればそりゃ少しは動いているわよ。

でも、あっちにいったりこっちに来たりなんてしないじゃない・・・。その究極が「北極星」だわね。全世界できっかりと定点のところにいつだって在るもの。

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A Great journey toward my Engaged Dream30

志づ女

オッケー!じゃ、行くわよ。

よく考えてみるとね、この世の中のことってたとえば人間関係にしても、価値観にしても、はたまた、考え方や政治だってね、いまや自然でさえ一つとして形を固定しているモノやコトってないじゃない?

いつも『無常』。これはね、空しいとかそういう意味じゃあなくてね、『常ならざる事』って言う意味なの。

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A Great journey toward my Engaged Dream29

凛子

あの話を聞いた時に、ふっと、これまたその気になったのよね。不思議なんだけれど。志づ女さんが話してくれたあと、ふっとその気になったのがすごく不思議。

志づ女

そう、あなたもあたしと同じように、ふっとそう思ったのね。そうよね、まさか、沖縄行きが凛子さんに先を越されるなんてちっとも思っていなかったもの。

だから、その思い切りの良さっていうか、それと未来に対する信頼感っていうか、それがとっても強いんだなあって思ったの。だからすごい人だなあって思った。

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A Great journy toward my Engaged Dream26

凛子

結婚する前に、一回だけ大恋愛をした。

彼は、電車の中で、私の前の座席に座っていた。一目みただけで好きになってしまった。

おそらく彼も同じだったと思う。この出会いによって、私は自分の中の「女」の部分と初めて向き合った。

恋愛のレッスン不足のせいなのか、あるいは最初から決まっていたことなのか、彼とは結局別れることになってしまった。

別れた後、泣き疲れたころ、しばらくして気がついた。

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A Great journy toward my Engaged Dream25

凛子

彼が、そのころの私を「月見草」に例えたくらいだから、自分らしさをまるで発揮していなかったと思える。

私は沖縄にきて、やっと本来の「自分」になれた気がする。

長年氷漬けになっていた芽が、急にふくらんできて、花が開いてきた。開いたら「月見草」ではなくて、実は「ハイビスカス」だったというのには、自分でも驚いている。Okikawa3_021

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A Great journy toward my Engaged Dream23

志づ女

でも、今更ながらよくここまで来たなって、自分でも感心しているの。

今までのあたしだったら、やっぱり飛べていなかったかもしれないのに。

それにしても、あの時、あたしたちを<飛ぶぞ>って気にさせた大きなちからって、いったい何だったのかしら?

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連載 A Great journy toward my Engaged Dream4

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   A Great journy

        toward my Engaged Dream

     

     やっぱりやりたいことがある

     それならとぶっきゃないじゃない・・・・

                                                    凛子と志づ女  

         -4-

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《彼女は南方へ飛んだ》

「今日さぁ、水納島(みんなじま)にいってきたわよぉ」

友人は朗らかな声で電話の向こうで笑った。

特段の知古があったわけではないのだけれど、とにかく沖縄へと一気に飛んだのだ。なぜそこなのかを問う必要は無い。南方なのである。沖縄は。

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「がんばるってこと」って・・・

沖縄に行った友達と電話をするとゆうに2時間は越す。お互いにもがきながら、それでも前を向いて歩いていこうと最後には確認しあうのだ。それだけのことなのだが、そこにたどり着くまでに、やっぱり2時間はかかる。

今日は2時間18分。なにもそんなに話さなくっても・・と思ったりもするが、お互いに一匹狼なのでたまには同類がいることを確認したくもなるものだ。

夕焼けになるような時刻までじゃべってしまったけれど、やっぱり今日の結論は「がんばっていこう」ってことだった。

何をどうがんばるかは、それぞれにしかわからない。でもとにかく「がんばる」のだ。もうそれしかわたしたちには道が無い。

そう話していたら急に高田渡のことが話題に上った。渡さんはちょっとしたことがきっかけで身近な存在になった。

Img_1963_1 彼はおととし、急に公演先の北海道で旅立ってしまった。

わたしが最後にあったのは「京都メトロ」であったライブだった。ライブが終わって「渡さんお久しぶり!!」と声をかけると、彼は開口一番「まだ死んでなくてごめんね」と言った。

「何言ってんですかぁ~」と声を返したものの、彼のことばが少しばかり気になった。それからほんのわずかの間に、渡さんは逝ってしまっ た。あまりのあっけなさに残された方がなんだかオイテケボリをくったようで、妙な気分にされた。でも、そのほうが渡さんらしくて妙に納得もしたのだが・・・。

今日、沖縄の友人と話したことは、渡さんの生き方だった。彼は「本当に自分自身をいきたひと」だったと思う。

あのように生き切ることがわたし達にできるだろうか・・・、そんな話だった。渡さんのように「ちゃんと自分自身を生きる」ことは出来ないかもしれない。でも、わたし達がかろうじてできることは、不器用にでも「自分でありつづける」ということだ。

だから、やっぱりわたしにとって「がんばる」ってことは「我ん張る」ってことになるのかなぁ?

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哀しいことがあったら

哀しいことがあったら、あなたはどんなふうにそれを乗り越えますか?

今日、天鈴花はちょっとだけ哀しいことがありました。具体的なことはいいませんけれど、とにかく、わたしにとってしばらくぶりに哀しい出来事でした。

それでも、また明日を生きなくてはなりません。そんなとき天鈴花はこんな風にして乗り越えます。

それは・・・、「わたしはわたし」と思うこと。ちょっと理屈っぽいかもしれませんけれど、相手の感情に巻き込まれないってこと、これが大事だと思っているんです。

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連載 A Greata journy toward my Engaged Dream2

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   A Great journy

        toward my Engaged Dream

     

     やっぱりやりたいことがある

     それならとぶっきゃないじゃない・・・・

                                                    凛子と志づ女  

         -2-

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凛子

とうとう志づ女さんも京都に行ったのね!

何年も前から沖縄の事を話していたから、いつかは沖縄に行くのかなあと思っていたけど、「京都」は思いつかなかったなぁ。

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連載 A Greata journy toward my Engaged Dream1

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   A Great journy

        toward my Engaged Dream

     

     やっぱりやりたいことがある

     それならとぶっきゃないじゃない・・・・

                                                    凛子と志づ女  

         -1-

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凛子と志づ女は同世代。すでに世で言うところのおばさん達だ。 二人とも北関東の小さな都市で生まれ育った。 生まれてからずっと、身の回りに立ち起こってくる様々なことに何の疑いもいだくことなく、あの町で親に言われるままに生活してきたのだった。

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朝、ちゃんと目が覚めるって・・・

毎朝ちゃんと目が覚めるってことって、なんだかとっても不思議。夜寝るときに翌朝ちゃんと目が覚めるという保障など無いのだけれど、みんなあたりまえのようにして床に着く。

これって、とっても明日という未来に対してなにかを託しているような気がしませんか?つまり、未来に対する信頼のようなものがあるからですよね。

友達のひとりがある日こんなことを口にしたことがあります。「また、明日が来るって思うと気持ちが重くなる。」彼女がどんな気持ちでいたのかわかりませんが、そんな風に思うこともあるかもしれませんね。それに、彼女は・・・

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人生には大切なことが二つある・・・

今日は「9・11」

全世界を震撼とさせた事件が起きた日です。

これほどとは言わないまでも、人生にはさまざまなことが立ち起こります。

これからおしする「ものがたり」は二人の女性が人生半ばを過るまでのさまざまな出来事を通じて、自分にとって大切なことを見出していった軌跡なのです。

「人生には、しなくてはならない大切なことが二つある・・・」 

それはいったいどんなことなのでしょうか? 

明日から堂々の連載です!!  

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天鈴花は・・・

このブログのライターである「天鈴花」は次のようなことをしています。

京都三条御幸町に「京都三条ラジオカフェ」という、日本初のNPOコミュニティFMラジオ放送局があります。

そこでこのブログとリンクする「天鈴花のなんくるないさぁ~」という番組を放送中。天鈴花が沖縄や各地で出会ったひとびとや出来事から学んだことから、生きていく「智慧」を語っています。

http://podcast.radiocafe.jp/

また、「鎮魂」が人生のテーマである天鈴花はこんなこともしています。

ご関心のある方は是非ごらんになってください。あなたの人生の「Happy」と「Success」へのお手伝いをさせてくださいね。

http://www.fujimusume.com

P7060055_2

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京都に移動してからいろいろなことが・・・

子育てと仕事をして30有余年。末息子が琉球大学に入学したのを機に「子育て卒業宣言」したわたしは、ご縁あって京都に移動しました。

なぜ京都かって?実はわたしにもこの流れがよくわからないのです。どうしても京都でなきゃぁって思ったわけでもないのですが、どうしてか京都になってしまいました・・・・・。

関東人のわたしにとって、京都から先は「関西」というひとくくりの世界でした。でも移り住んでみると京都と大阪では完全に異なる世界だったのでした。

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「しあわせ」の見つけ方あります

「しあわせ」ってなんでしょう?勝ち組になってお金持ちになることでしょうか、それとも・・・?

「しあわせ」って何をさすのかは分かりませんけれど、誰しもが一番欲しいものはきっとこの「しあわせ」というものなのではないでしょうか?

一概に「しあわせ」といってもひとさまざまです。ですが、誰かがきめてくれたような「しあわせ」はホンマモンではありません。

それに「しあわせ」は青い鳥のように、なぜかいつのまにか手の中から零れ落ちていってしまうこともあります。

それでも、あきらめないで・・・

さあ、「しあわせ」を見つける方法を手に入れにいきましょう。きっと、人生「なんくるないさぁ」(きっとどうにかなるものですよ)!!

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