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為朝岩

浦添グスクでのセレモニーが終わると、参加した人々は三々五々家路に・・・。

でも、わたし達は何かものたらず、互いに顔を見合わせて「そこ」へ向った。

今では立ち入ることが出来ないようにロープが張られてしまっているが、参加者の目を盗んでそれを突破。「為朝岩」を見に行くことにする。

お天気であれば、久高島から昇った朝日がこの為朝岩をさらに登る光景が見えるはずだ。

200820081228_024 あいにくの曇天ではあったが、それでも海の向こうにはかすかに久高島が見えている。

だとしたら、「為朝岩」を拝まぬ手はない。

200820081228_020ということで、龍画家のかとう順子とわたしは、その岩を見るために草で覆われた細い道にもぐりこんだというわけなのだ。

この岩がなぜ「為朝岩」といわれるかといえば、それが「烏帽子」のように見えるからだと言う。

「烏帽子→為朝」という発想になるのだろう。たしかに、「にゅにゅっ!」と聳え立つ岩は、烏帽子にみえもする。

そもそも沖縄には、鎌倉時代に島流しになった為朝の船が遭難して、沖縄まで流れ着いたという根強い伝説があるくらいだから、「烏帽子→為朝」というのは極めてシンプルな発想といえる。

その為朝が後の舜天王の誕生に関わってくるというわけなのだから、沖縄と日本(いいかたがへんかな?)の深いつながりがありそうだというのも、こういうことからも見えてくる。

ところで、わたし達のいる場所は浦添グスクのある山の突端。その場所と「為朝岩」の間の空間を占めているのは沢山の木々たちだ。

人びとの住む家もその昔にはこれほどなかっただろう。今ではコンクリートでできた家が所狭しと立ち並んでいる風景になっているが、かつて、この風景にはおそらく緑につつまれた空間に、この岩が地上から天に向けて突き立っていたに違いない。

今ではこの「為朝岩」は、民家や大木となった木や草むらに阻まれて、その全貌を垣間見ることはできないが、きっと大昔には、本当に「烏帽子」に見える姿でこの地に置かれていたんだろうな~。

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